ボーダーライン。Neo【上】
 たまたま通りかかった檜は、地面に這いつくばるあたしを、見るに見かねて、助けてくれただけ。今更、あたしと話す気なんてさらさら無いのだ。

 沈黙しながら俯いていると、なんちゃって、と彼が笑った。

「いいよ?」

 ーーえ?

 あたしはパッと顔を上げた。

「けど。ここで立ち話は寒いし、勿論女性と二人で店になんか入れない」

「……あ」

「それに車でドライブも、長時間になると危うい」

 そうだ。檜は最早有名人で、気安く喋る事すらままならない。

 こうしている今も、彼は時折周囲を窺っている。

 あたしの我が儘など、(はな)から通る筈が無いのだ。

 ごめん、無理言って。そう続けようとしたが、 先に檜の言葉で遮られる。

「俺の部屋、来る?」

「え?」

 ーー檜の……部屋?

「と言っても。帰りは送れないから、タクシー呼んで帰って貰わないといけないけど?」

 それにもうこんな時間だし、と付け足し、彼は腕時計を指差した。

「うん」

 あたしも左手の時計に目を落とした。

 時刻はもう十時を回っている。

「部屋。行ってもいい?」

 あたしは迷う事無く、檜の手前へ歩み寄り、訊ねていた。

 ーー時間なんてどうでも良い。今日を逃したら、もう二度と会えない。今行かなければ、きっとあたしは後悔する。

「……駄目?」

 あたしの目を見つめ、彼はふっと微笑んだ。

「いいよ」
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