ボーダーライン。Neo【上】
 ーー幸子とは、ここでお茶を飲んでちょっと話すだけだ。一時間かそこらで帰るだろう。

 ポットのお湯が沸け、また玄関に目を向けた。

 ーーそれにしても。やけに遅くないか?

「まさか、帰った、とか?」

 ーーいやいやいや、あり得ないだろ。さっきこの部屋の鍵だって渡したんだ。黙って持ち帰るなんて事は、絶対にない。

 それなら、と別の可能性を考えた。

 婚約者から急に電話が入り、話し込んでいる、とか?

 ーーそれならあり得る。急に鍵を返しに来て、そのまま家に帰るかもしれない。

 何にしても、俺には関係ないよな。

 冷蔵庫から出したペットボトルの水に口を付けると、ガチャン、と玄関の扉を開ける音がした。

 幸子が入ってきたと知り、ホッと胸を撫で下ろす。

「遅かったね」

 僕は平静を装いながら言った。

 リビングに入った幸子を見て、またポットを沸かし直した。

「ええ」

 彼女はコートを脱ぎながら、部屋の内装を窺っている。僕はそんな彼女をジッと見つめた。

 数年ぶりに見る幸子は、あの時のようにやはりワンピース姿だった。コーデュロイの白のワンピースがよく似合っている。

「突っ立ってないで座れば?」

「あ、うん」

 二度目に湧いたポットからお湯を注ぎ、コーヒーでいい? と訊ねた。

「うん。ありがとう」

「いいえ」
< 215 / 269 >

この作品をシェア

pagetop