ボーダーライン。Neo【上】
「もう二度と会わないって。約束するから」

 何となく色香の漂うその仕草に、ドギマギした。僕は狼狽え、眉をひそめる。幸子は綺麗な唇で弧を描いた。

「抱いてくれない、かな? 昔みたいに」

 突然の事に意表を突かれ、僕は彼女を見つめたまま、置物のように固まった。

「やっぱり。駄目、かな?」

 幸子はあの頃の笑顔で首を傾げる。僕の好きな、えくぼの浮かんだそれで。

 ーー誰なんだ、この女は?

 全くの別人と話しているのか、と錯覚した。

「なに、言ってんの?」

「……なにって」

 困った顔で、それでも笑顔の幸子に、急に憤りを感じた。真面目な彼女の口から、そんな不埒な発言など、聞きたくなかった。

「男、裏切んのかよ?」

 僕は、彼女の薬指に嵌めた婚約指輪をジロリと睨んだ。彼女の顔から笑みが消える。

「来年の六月に、結婚するんだろ?」

 幸子はびっくりして目を見張った。

「それっ、水城さんから??」

「いや?」

 短く返事をし、机上の煙草に手を伸ばす。

「美波さん。この間局内で会った」

「……そう」

 美波が、と呟き、幸子はどこか思案顔だ。僕は煙りをくゆらせ、彼女の様子をジッと窺った。

 無言で口を結んだまま、何かを思い出し、深くため息をついていた。


 ***

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