ボーダーライン。Neo【上】
 美波の言葉に、檜の事を思い出した。そうね、と眉が下がる。

「それは今も一緒。だけど、自分を見失う恋はもう嫌なの。冷静ぐらいが丁度良いの。
 それに、慎ちゃんはきっと良い夫になるわ。あたしの事、色々と気遣ってくれるし。子供が出来ても、良い父親になる」

 そう。サチが後悔しないなら、あたしは祝福する、そう言って美波は微笑んでいた。どこか附に落ちない様子を隠して。

 結婚の報告に、美波が驚くのも無理なかった。

 事実。あたし自身が結婚なんてこんなもの、と割り切っていたのだから尚更だ。

 あの時の美波の頭には、かつて檜を愛していたあたしが、鮮明に思い出されていたのだろう。

 やっぱりどこか納得して無かったんだな、と思い、あたしは平たい息を吐き出した。

 今よりもっと若い頃。あたしは恋愛結婚をすると決めていたし、大恋愛の末にゴールインするものだと思い込んでいた。

 それがどうだろう。慎ちゃんとの関係は大恋愛か、と言われれば疑問が残る。

 彼の事は間違いなく、好きだ。けれど、それが愛している事と結び付くかどうかは、未だに分かっていない。

 実際、慎ちゃんとの生活は穏やかで落ち着くけれど、どこか満たされない。愛の言葉を囁かれても、冷静な自分が裏側から観察している様で、心が揺れない。

 今日の様に、嘘を吐く事にも罪悪感を感じない。別の男性に、身を委ねる事にも。

 あたしは視点を机上に置いたまま、両手を組んだ。
< 221 / 269 >

この作品をシェア

pagetop