ボーダーライン。Neo【上】
「あたし。まだ独身だよ?」

「え?」

「浮気はいけない事だって思う。でもまだ、不倫じゃないわ」

 顔を上げ、強い瞳で檜を正面から見つめ返した。

 檜を前にして、浮気を正当化するなんて。以前のあたしなら考えられない。

 思った通り、彼は険しい表情(かお)であたしを睨んでいた。

 それでも動じず、ジッと檜だけを見つめていた。

 やたら整った顔だちに、透き通る茶色の目。独特の空気感に、締まりのある体躯。

 会ってみて気付く。彼のオーラは、テレビを通して見るそれとは桁違いだ。

 今一時だけと割り切っていても、あたしの心は既に、目の前の檜に奪われていた。

「先生、変わったね?」

 檜の声はやたらと冷めていた。灰皿へ手を伸ばし、長くなった灰をチョンと落とした。

「そうかしら?」

 あたしはやんわりと笑う。

「俺が好きだった‘彼女’は浮気されて傷付く(ひと)だったし、そんな娼婦まがいな事は言わなかった」

 檜の軽蔑するような口調と眼差しに、暫時、口を噤む。

 フッと唇の端を持ち上げ、檜は挑発的な笑みを浮かべた。

「何で俺とヤりたいの? 男だから? 自分より若いから? それとも。今の彼氏に満足してない……ああ、そうか。俺が有名になったからだ?」
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