ボーダーライン。Neo【上】
 なんて馬鹿な事をしたんだろう、と数分前の自分を悔いた。

 ただ、抱いて欲しい、なんて。自分勝手にもほどがある。散々、檜を傷付けておいて、その傷口に塩を塗るような真似をした。

 壁に背中を預け、うずくまる。とめどなく溢れる涙が引くまで動けずにいると、廊下を駆ける靴音が響いた。

 誰が走って来たのか分からず、あたしは俯いたままでその場をやり過ごそうとした。涙のせいで肩が震えた。

 靴音は、一度ピタリと止み、やがてこちらへと近付いた。

 グイと腕を引かれ、力任せに立たされた。

 それが見知らぬ人なら、悲鳴を上げていたと思う。けれど、ふわりと漂う香りから、それが彼だと分かった。

 あたしは泣き顔のまま、恐々と檜を見上げた。化粧が崩れ、かなり不細工になっていたと思う。

「…….ひの、きっ」

 ーー何で?

 彼は眉根を寄せ、若干怒っているように見えた。

 ーーああ、そうか。鍵だ。

 あたしは唇を震わせ、掴まれた方と反対の手でポケットを探ろうとした。ポロポロと涙の粒が落ち、視界が滲んだ。

 不意に強い力で腕を引かれた。

 前のめりに、(つまず)きそうになりながら、再び部屋に連れ込まれた。
< 228 / 269 >

この作品をシェア

pagetop