ボーダーライン。Neo【上】
 扉を閉めると同時に、強く抱き締められていた。

 ーーなんで?

 一瞬、何が起こっているのか分からなかった。さっきのエレベーターホールで都合の良い夢を見ているのかもしれない。

 しかし、彼の感触と体温が現実だと物語っている。

 あたしには無い男の力で、ドアに背中を押し付けられ、檜の唇があたしの口を塞いだ。

 さっきまでの投げやりなキスとは違う。あの頃。愛し合っていた時のように、熱っぽい口付けを繰り返された。

 ーーどうして? 何で今さら、こんなキス……

 そうは思うものの、甘美な感触に瞼が下がる。

 徐々に興奮を高められ、息継ぎが漏れた。

 彼の背に腕を回した。肩甲骨を指先でなぞり、裸で抱き合った事を思い出してしまう。

 ーーやっぱりだめ。

 傷付けると分かっていても、檜が欲しい。体だけで良いから。また檜と愛し合いたい。

 唇を離すと、熱い瞳と目が合った。お互いに肩で息をし、あの頃のあたし達がここに立っていた。

「……今だけ」

 熱い吐息をつき、檜が切なげに眉を寄せた。コツンと額が合わさり、至近距離で彼を見つめる。長い睫毛が少しだけ濡れて見えた。

「今夜だけでいいから。また昔みたいに、幸子を抱きたい……っ」

 どうして、と疑問は有った。けれど、今のあたしに彼を拒む事なんて出来ない。

「……んっ」

 唇を震わせ、力強く抱き付いた。

 檜には檜の人生がある。仕事がある。立場がある。

 だからたった一夜の夢で良い。もう過去は振り返らないから、今夜だけ、熱く感情のままに抱き合いたい。

 そう思っていたのに、檜の感情はあたしみたいにドライにはなれなかった。

 慎ちゃんを裏切った夜。あたしは大きな誤算を犯したのだ。


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