ボーダーライン。Neo【上】
 秋月くんは多分、この行為に出来る限りの時間をかけていたのだろう。

 こういう動きをしたら、ここに触れたらあたしがどんな反応を返すか。じっくりと観察しているみたいだった。

 だから、昇りつめる時は一瞬だった。穏やかで心地いい快感が、瞬時に激しさを増した。失神するかと思った。

 彼との甘い時間を境に、あたし達は恋人らしく、名前で呼び合う事になった。

 “先生”から“幸子”と呼ばれ、“秋月くん”から“檜”と呼び名を変える。どこかくすぐったい気もしたが、嬉しかった。

「何これ?」

 檜が鞄の中から赤い小さな紙袋を取り出し、あたしの前にポンと置いた。ベッドの上に正座したまま、案の定目を丸くする。

「クリスマスプレゼント」

 言いながら、彼が隣りに座る。

「えっ? うそ、どうしよう。あたし何にも用意してない」

 ーーむしろ、それどころじゃなかった。

「いーから。開けてみ?」

「……うん」

 ーーどうしよう、良いのかな。良いのかな。

 困った様にはにかんだものの、内心は嬉しくて堪らなかった。好きな人があたしの事だけを想ってプレゼントを探してくれるなんて。なんだか勿体無さすぎる。

「え」

 箱の中身を見て絶句した。あたしはしんみりと檜を見つめた。

「これ。あの時の?」

「うん」

 箱の中には、ロンドン旅行で一目惚れした、あの向日葵のネックレスが光っていた。

 ーーどうしてこれがここにあるの?

 偶然、日本でも売っていたって事?

 再びネックレスに目を落とし、ハッと息を飲む。

「まさかロンドンまで買いに??」

「な訳ねーだろ」

 ーーう。や、やっぱりそうだよね。

「……冗談よ」

 むしろ大分本気だったのだが、あたしは肩をすくめた。

 ーーいったい幾らしたんだろう?

 あたしはネックレスを持ち上げ、手のひらに置いた。プラチナのそれを思うと、檜がどうして学校を休んでまで働いていたのか、瞬時に理解できた。

 あの姿が、あたしのためだったなんて……。

 顔を泥で汚しながら、工事現場で働いていた彼を思うと、ただただ胸が詰まった。

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