ボーダーライン。Neo【上】
「まぁ。無いと言えば、嘘になる」

 そう言って意味深に笑う。

「人間誰しも、何かひとつぐらいの荷は抱えてる。そういうもんだよ」

「そうですか」

 彼の言う荷が何かを訪ねるのは、どこか躊躇われた。それに、きっと興味本位で訊く事でも無い。

 僕はグラスを持ち上げ、中の炭酸を流し込んだ。

「おっと。もうこんな時間か」

 言いながら透さんが右手首の時計に目を落とす。

「呼びつけておいて何だけど。檜はそろそろ帰れ」

「え、でも」

「どうせ明日も早いんだろ?」

 真面目に問われ、僅かながら返事に窮する。

「まぁ。入りが六時ですけど」

 答えるや否や、彼は無言で散れ散れと手を翻してきた。

 それじゃあお言葉に甘えて、と言い添えてからスツールを降り、店員より黒のロングコートを受け取った。

「あ、檜」

 くるりと踵を返すと、追い掛ける声が不意に足を止めた。

「無理に眠ろうなんて焦るなよ? 人間、一日二日眠らなくても死ぬ訳じゃない」

 彼らしい気遣いに、僕は何と答えて良いか分からず、ただ黙って頷いた。

「まぁ。仕事には支障をきたすけど、そこはマネージャーやメンバーにフォローして貰え?」

 穏やかなその目に、釣られて微笑み、そうします、と冗談まじりに答えた。


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