ボーダーライン。Neo【上】
都内にあるマンションの自室へ帰り着き、部屋の暖房をつけた。
ソファーの背にコートを掛けると、自らもそこへ座り込む。
ガランとした割とシンプルな空間だ。
居間に有るのはテレビとソファーと小さなテーブル、あとは作曲に使うパソコンにキーボード、ギターが数本。
元々設置していたコンパクトキッチンは使った形跡が殆どない。
事務所スタッフの上河 茜が、この部屋を訪れた際に二、三度料理を振る舞ってくれたぐらいで、自らがやる自炊と言えば、せいぜいポットにお湯を沸かす程度だ。
腰ぐらいの高さに位置する小さな冷蔵庫も、主に飲み物しか入っていない。
僕は目の前のテーブルへ手を伸ばし、煙草の箱から中の一本を取り出した。
口にくわえてそのまま火を点けると、ひとり煙りをくゆらせる。
ふと静寂の間に時計の秒針が響き、壁に目を向けるが。一秒一秒、音を鳴らしているのは右手首の丸い円盤だった。
紫色の文字盤をした、クロノグラフの時計をそこから外し、カチャリと机上に置いた。
秒針をジッと見据え、腰を上げる。
いい加減、過去に囚われる自分の弱さを棄てよう、と何度か試みた行為があった。
煙草を灰皿へ押し付け、寝室にあるクローゼットを開ける。
中にはアクセサリーを中心に入れた小さな引き出しがあり、それを手前へと引いた。