ボーダーライン。Neo【上】
手のひらに置いた、ハートをモチーフにした華奢なリング。
ベッドに座り込んだまま、伏せた視線をそこに落とし、不意に"彼女"の言葉が脳裏をかすめた。
ーー「返しちゃったの。別れた時に」
ーー「持ってても、仕方ないから」
今から五年前の、彼女の二十六歳の誕生日。
指輪をプレゼントとしてあげた翌日、その言葉を聞いた。
自分と付き合う前の、いわゆる元カレからは指輪を貰わなかったのか、という疑問に対しての返答だ。
僕はスッと立ち上がると拳を握り締め、ゴミ箱の前でその手を振り上げる。
そこでいつも躊躇うのだ。
棄てた所できっと意味は無い、何も変わらない、と。
手から力が抜け、キン、と床へ跳ね返る金属音を、ぼんやりとした意識で聞いていた。
この指輪を見ても、もう涙すら浮かばなくなった。多分、五年の歳月がそうさせたのだ。
「……ハハっ」
片手で頭を抱え込み、冷笑がもれた。
落ちた指輪を拾い、僕は今日も思う。
どうして忘れられないのだろう、と。
今やFAVORITEのHinokiとして、名を上げているのに、たった一人の女性に、何故いつまでも縛られているのだ、と。
八つ上の幸子はもう三十一歳だ。
既に結婚して家庭を持ち、子供がいても何ら不思議ではない。
どう足掻いても、二度と交わる事の無い日常だ。
だから、今更会いたい、などと。思う事がおかしいんだ。
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