ボーダーライン。Neo【上】
「一ヶ月以上も前だから。ここで落としたかどうかも怪しいんだけど」

「いや、多分あった」

 アクセサリーを入れた四段の引き出しを見て、あれ、と首を捻る。

 ーーおかしいな。確かここに。

 仕方無く、隣りに置いた浅型の引き出しに手を掛けた。

 開ける際の僅かな振動で、収納ケースの後ろからゴトン、と何か倒れる音がした。

 不審に思い、上から覗き込む。

「あった?」

「え、ああ。ちょっと待って?」

 譜面を入れた引き出しを再度引っ張り出し、なんだ、と思う。

 ーーボーっとして直すとこ間違えたんだ。

 目当ての物はすんなりと見付かった。

「ありがとう」

茜は微笑み、戻ったピアスを鞄に仕舞う。

「それじゃあそろそろタクシー来るから」

「悪いな?」

 未だに細く立ち上る紫煙を目の端に捉え、僕は灰皿の火を消した。

「ううん。人目についたら大変だもん」

 玄関口で靴を履き、茜は、あ、と振り返る。

「眠れなかったら、いつでも電話して来てね?」

 ああ、と社交辞令の返事をし、パタンと閉まるドアを無言で見送った。

 茜は容姿も悪く無いし、可愛いとは思う。僕より二つ年上でありながら、威張ったり偉ぶったりもしない。

 性格は明るく、彼女の優しさに正直何度か救われたのも事実だ。
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