ボーダーライン。Neo【上】
『あー、檜? 実は昨日、弁当屋でサッチャン先生に会ってさ。直接本人から聞いたんだ』

 弁当屋、と無意識に呟いていた。

『ああ。俺も奈々もビビったよ。先生、S区の弁当屋で働いてたんだ』

「そー……なんだ」

 S区の弁当屋、と今度は胸の内で復唱する。

『あ、えっと。奈々が言ったからこの際訊くけどさ?
 同窓会。サッチャン先生にも声掛けたけど、いいよな?』

 確認する声は、僕を気遣ってか、どこか遠慮がちだった。

 僕は唇を持ち上げ、良いも何も、とのんびりした口調で答える。

「二年二組の担任は桜庭先生なんだから。いいじゃん、呼べよ?」

 電話で良かった、とまたしても思う。内心は焦りと動揺が支配していた。

 幸子に会ってしまうかもしれないと思うと、どんな態度を取れば良いだろう、と無駄な心配までしてしまう。

 やはり未だに僕は、幸子に会いたいと思っているのだろうか。

 会ってどうする? あの頃はこうだったと思い出に浸れば何かが変わるのか? 亡霊の彼女ではなく、実際に現在(いま)の幸子に会って、話でもすれば過去を塗り替えられるのか?

 自問自答を繰り返していると、そうだよな、と返事が届いた。

 内田の声は、どこか拍子抜けしたような、安堵に満ちていた。


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