ボーダーライン。Neo【上】
「今、夕飯あっためるね?」

「サンキュ」

 慎ちゃんは寝室に向かい、着ていたスーツからパジャマに着替えた。

 こたつのスイッチを入れ、あ、そう言えば、と彼は思い出したように言う。

「今日弁当屋に来てたあの女の子だれ?」

「どうして?」

 あたしは目を伏せ、レンジから取り出した料理の皿をお盆に置いた。

「いや。あの女の子、サチの事、先生って呼んでたから」

 無言で笑みを張り付け、そのまま彼に料理を運ぶ。

 あたしがかつて教師をしていた、という過去を慎ちゃんは知らない。話した事も、話そうと思った事もないので、当然知らない。

 知らせていない事には理由があった。

 それは、教員免許を取り、わざわざ公務員になったのに、数年足らずで何故辞めたのか。その理由を問われるからだ。

 あたしは、その"理由"を誰にも言いたくないと思っている。

 湯のみに熱いお茶を二つ淹れ、同じ様にこたつへ入った。

「大学の時にね、彼女の家庭教師をしていたの。それで」

「そっか」

 慎ちゃんは味噌汁をすすり、家庭教師とか凄いなぁ、と感心していた。

 あたしは、そうかな、と相槌を打ち、湯のみのお茶をすする。

 不意に、あれ? と言って、慎ちゃんが首を捻った。
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