ボーダーライン。Neo【上】
「サチ、指輪してないじゃん?」
「え? ああ」
あたしは自分の左手を見て、そこにエンゲージリングが無い事に気付くと、俯きがちに眉を下げた。
いつもちゃんと気を付けていたのに、しまったな、と思う。
「仕事の時はいつも外すから。その付け忘れだわ」
「まぁ分かるけど。ちゃんとしとけよ? 悪い虫がついたら困る」
ーー悪い虫? 悪い虫ってなに? そんなにあたしの事、縛りたいの?
「ん。ごめんね?」
胸の内の反論を隠し、あたしは首を傾げて笑った。
時々思う。あたしは、おかしいのかもしれない、と。
結婚間近の婚約者に、ヤキモチめいた事を言われてムッとするなんて。過去のあたしなら有り得ない。
悪い虫がついたら困る、なんて言われたら、普通は大事にされてるって喜ぶんじゃないの?
湯のみのお茶を見つめながら、自問自答していた。
程なくして、夕食を食べ終えた慎ちゃんが立ち上がった。
「じゃあ風呂でも入るかな。起こしといて何だけど。サチは先に寝ておけよ?」
「……ん」
ーーという事は。今日もナイって事だよね。
空いた食器をシンクに運び、水を張ったたらいにジャボンと沈める。
慎ちゃんは性行為に関して、割と淡白な男だった。