ボーダーライン。Neo【上】

「サチ、指輪してないじゃん?」

「え? ああ」

 あたしは自分の左手を見て、そこにエンゲージリングが無い事に気付くと、俯きがちに眉を下げた。

 いつもちゃんと気を付けていたのに、しまったな、と思う。

「仕事の時はいつも外すから。その付け忘れだわ」

「まぁ分かるけど。ちゃんとしとけよ? 悪い虫がついたら困る」

 ーー悪い虫? 悪い虫ってなに? そんなにあたしの事、縛りたいの?

「ん。ごめんね?」

 胸の内の反論を隠し、あたしは首を傾げて笑った。

 時々思う。あたしは、おかしいのかもしれない、と。

 結婚間近の婚約者に、ヤキモチめいた事を言われてムッとするなんて。過去のあたしなら有り得ない。

 悪い虫がついたら困る、なんて言われたら、普通は大事にされてるって喜ぶんじゃないの?

 湯のみのお茶を見つめながら、自問自答していた。

 程なくして、夕食を食べ終えた慎ちゃんが立ち上がった。

「じゃあ風呂でも入るかな。起こしといて何だけど。サチは先に寝ておけよ?」

「……ん」

 ーーという事は。今日もナイって事だよね。

 空いた食器をシンクに運び、水を張ったたらいにジャボンと沈める。

 慎ちゃんは性行為に関して、割と淡白な(ひと)だった。
< 83 / 269 >

この作品をシェア

pagetop