ボーダーライン。Neo【上】
 大型ビジョンが映し出すのは、先月から流れる炭酸飲料のCMだ。

 あのグレープ味を好んでよく飲んでいたなぁ、とあたしはまた彼を思い出す。

 画面がHinokiのアップに切り替わった時、辺りで黄色い声が上がった。

 吸い込まれそうな茶色の瞳に、殊に女性は足を止め、うっとりと陶酔する。

 唇が震えそうになり、歯を噛みしめる。二次元の彼に背を向け、再び歩き始めた。

 胸の内が僅かに重く息苦しいが、それでいい。

 Hinokiの活躍を大々的に応援したいが、揺るぎない過去の決心を裏切る事も出来ない。ファンだと公言するのもおこがましい。

 人気を博する偶像を肌で感じ、時に喜び、ひっそりと生きていく。

 あたしにとってHinokiの存在はもはや《そっち側》なのだ。

 まるで異世界ね、と。内心でごちて、あたしはあたしを嘲笑う。

 ふと、左手の薬指で光るダイヤが、あたしを日常へと呼び戻した。

「晩御飯。急がなきゃ」

 誰に急かされる訳もなく、あたしは駅への道を駆けていた。
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