キミの世界で一番嫌いな人。
そのときの私にはまだわからなかった。
それが一番に彼を傷つける、だなんて。
だから医者も最初から私と彼を会わせないようにしていたんだって。
そうわかったのは、もう少し成長してからだった。
『───…藤城 理久。それがその子の名前よ。…私からはこれしか言えないわ』
『ふじしろ…、りく…』
教えられたのは、それから少し経ってから。
ずっと黙秘とされていたらしいが、少女の成長と共に話さなければいけない義務は医者にもあった。
だからこそ名前だけ。
“移植”とは、救うことじゃない。
だって私の場合は移植させたことでその子の心臓を奪ってる。
移したことで身代わりにしたのだ。
病気を、すべてを。
自分で奪って閉じ込めてしまうことを、私の中では移植という言葉になった。
『湊川の藤城って奴にさぁ、オレ昨日ボコられてよ』
『あいつマジつえーよ。俺はぜってえ相手にしたくない』
『かなり荒れてるらしいぜ』
そしてまた成長したとき、同じ電車で聞こえた男たちの会話。
最初は苗字が同じだったから気になっただけだった。
だけど聞いてくうちに、調べていくうちに。
『湊川高校…、藤城……理久…、』
名前が確定していって。
少女の物語はそこから始まったのだった───。