キミの世界で一番嫌いな人。




トスッ───。



「きゃ…!」



そのままソファーに押し倒されてしまった。

テレビから流れる今週のイチオシアーティストの情報なんて入らない。

隣の部屋から微かに聞こえてくる、あまり上手じゃない男性の声だって。


それすらも雰囲気を作られてしまう。



「待って…っ!だめだよ…っ」


「抑えれるなら俺だってそうしてるよ。でも、わりと限界かも」



「あははっ」じゃないよ。


笑いごとじゃない。
だってここ、カラオケ。

…そうじゃなくても、私は初めてだもん。



「だめ?…青葉ちゃん、」


「ゃ…っ、だめ…っ」


「……そんな声出しちゃってるのに?」


「そっ、それは秋斗くんが変なことするから…っ」



香水が鼻いっぱいに広がる。

まるで私を独り占めするみたいに包み込んできて。



「俺はしたいよ青葉ちゃん」


「っ……、」


「青葉ちゃんと、したい」



名前を呼ばれるたびに反応してしまう私を、どこか面白く思っているのかもしれない。



『俺は結局、お前らが望んでるようにはできねぇし』



どうして、思い出してしまうの。

こんな当たり前を手にしている私の裏側には、必ず彼の人生がある。



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