九羊の一毛
え、誰のせい? これに関しては西本さんのせいだよね?
反駁の意味も込めてジト目で彼女を見やる。
「私はね。多分なんだけど、津山くんのこと好きだよ」
「…………え?」
この後の予定に耳鼻科が追加された。呆けたような声が自分の喉から零れる。
「だから、好きだって言ってる」
「……誰を?」
「馬鹿なの?」
さっきと同じ単語。それなのに、彼女の表情がどこか柔らかい。
「私は、津山岬が好きです」
どこの耳鼻科がいいだろうか、と考えていた時にそんな言葉が聞こえて、息が止まった。
「……西本さん」
「なに?」
「ちょっと俺の顔、殴ってくんない?」
「馬鹿なんだね。分かったよ」
そんな哀れな目で見ないで。いや、本気で振りかぶらないで。軽くでいいんだってば、軽くで。
彼女が本当にビンタをかましてきたから、色んな意味で目が覚めた。
「俺、耳鼻科行かなくてもいいってことか……」
「よく分かんないけど、落ち着いたみたいで安心した」
痛みにうずくまりながら呟いた俺を、彼女が見下ろしながらため息をつく。
それから手を差し出して、優しく頬を緩めた。
「来年からもよろしくね」
小さな手を取って、彼女の言葉に頷きながら笑い返す。
ぶたれた頬が若干痛かったけれど、それも気にならないくらい嬉しくて、また泣きそうになった。