九羊の一毛



「あ、お風呂ありがとう……」


テレビを眺めていた彼に、控えめに声を掛ける。
玄くんはつと視線を上げてこちらを向いた後、すぐに逸らして頷いた。


「じゃあ俺も入ってくるね」

「あ、うん……」


ぱたん、とドアが閉まったのを確認して、私はその場にしゃがみ込んだ。


「はあ~~~~……」


分からない、こういう時にどんな顔していいのかが全然分からない!
意識しすぎるのも良くないと思うけれど、そんなこと言ったって無理だ。ずっと家に二人きりだし、当たり前だけどそこら辺ぜんぶ玄くんの匂いだし、もうわけわかんなくなっちゃいそう。

緩慢に立ち上がって、ソファに腰を下ろす。テレビをぼーっと流し見しながら、チャンネルを頻繁に変えながら。

何分経った頃だろうか。ちょうど時間の切れ目でどこをかけてもCM、つまらないなと思っていると、浴室の扉が開く音が聞こえた。
咄嗟に膝を抱えて顔を埋める。どんな顔をすればいいか、の答えは、まだ出せていなかった。

部屋の奥でドアが開いて、足音が近付いてくる。テレビの音が虚しく響いていた。


「寝ちゃった?」


突然耳元で聞こえた声。びく、と反射的に肩が跳ねる。


「あ、良かった。起きてた」

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