九羊の一毛
声色だけで笑っているのが分かる。
彼は私の髪をそっと耳にかけると、揶揄うように囁いた。
「よーうちゃん。何で寝たフリしてるの」
寝たフリ、というわけではなかったんだけれど。顔を上げるタイミングを見失ってしまった。
でも今は駄目だ。絶対に彼の顔がすぐそこにあるし、自分の顔が赤いのが分かるし、何より恥ずかしい。
「……戻っちゃったか」
ぽつりと呟かれた彼の言葉が、寂しげで。思わず顔を上げた。
「あ、起きてくれた。おはよ」
そう言って微笑む彼の表情からは、さっきの声のような色は読み取れない。
「……戻っちゃったって、なに……?」
どうしても気になった。私は多分、彼の「寂しさ」には人一倍敏感なんだと思う。
玄くんは「んー?」と緩く首を傾げた。
「羊ちゃん、今日ずっと緊張してたでしょ」
「えっ」
「初めての時みたいだなあって……ちょっと、思い出して」
バレてた。いや、特別隠そうと思っていたわけではないけれど、私の考えていることが筒抜けみたいで恥ずかしい。
「羊ちゃんが嫌ならしないよ。……って、言いたいんだけど」