九羊の一毛
「羊」
呼ばれた名前に顔だけ振り返る。
私を見つめて眉尻を下げた彼は、今にも泣きそうだ。
「お父さん、スーツ似合わないねえ」
笑いながら思わずそう零すと、目の前の顔がますます歪む。
「……羊は、綺麗だなあ……」
感極まった声で喉を震わせた父は、眼鏡を外して粗雑に自身の目元を擦った。
父の言う通り、今日の私は今までの人生の中で一番綺麗だと、自信を持って言える。
純白のウェディングドレスに身を包み、髪やメイクも時間をかけてもらって。私は今日――大好きな人の、花嫁になる。
「お父さん。ありがとう」
綺麗って言ってくれて、ありがとう。私を沢山愛してくれて、ありがとう。
全部は口に出さなかったけれど、伝わったらしい。ますます涙を溢れさせる父に、入場前からこれではどうなってしまうのか、と苦笑する。
「ほら、もうそろそろだよ」
俯く父に促して、腕を組んだ。
並んで立つ父の背は、以前より少し低くなっただろうか。否、こうして隣同士で立つことなんて、いつぶりかも分からない。
父が意を決したように顔を上げる。私も背筋を伸ばす。扉が、開いた。