九羊の一毛
言いつつ肩を竦めたカナちゃんが、「あ、もうどっちも狼谷か」と呟く。
「そうだよ」
唐突に肩を引き寄せられたかと思えば、ここ数年でぐっと低くなったテノールが頭上から降ってきた。
「狼谷羊。俺の妻です」
「玄くん……!」
「ね、もう君づけやめない? って、昨日も言ったのに」
拗ねたような口調で述べた彼が、私の頬に唇を寄せる。
「もう! みんな見てる! メイクも崩れちゃう!」
「えー……もう写真も撮り終わったからいいかなって」
懲りずに顔を寄せてくる彼に少々辟易していると、カナちゃんと津山くんが顔を引きつらせて目を逸らした。
「見てる方が恥ずかしいってどういうこと、これ」
「根本的な部分なんも変わってないなー……」
何とか玄くんを引き剥がして、私は「ごめんね」と二人に謝罪を入れる。
そしてずっと持っていたブーケをカナちゃんに差し出して、口を開いた。
「これ、カナちゃんに渡そうって決めてたんだ。受け取ってくれる?」
ブーケトスの代わり、といったらなんだけれど。
私がいま一番幸せになって欲しい人。感謝の気持ちを伝えたい人、だから。
「……私でいいの?」