九羊の一毛
臆病なヒツジを宥めるように、努めて優しく呼んでみる。
穏やかで静か。日光と風が運んでくる時間。
彼女と俺だけ、別の空間に来てしまったようだった。
本当に痛み止めなんじゃないだろうか。柄にもなくそう思ってしまう。
もう殴られたことがどうでもよくなるくらい、温かかった。
「羊ちゃん。俺ってクズ?」
幾度となく肯定されてきた問い。
悪びれもなく「玄はクズじゃん」と宣う女子に、自分だってそれを認めてきた。
でも、彼女は違った。
「クズかもしれないねえ」
「えー、さっきと違うじゃん」
ひらりと交わされて、でもその軽さが心地よくて。
「羊ちゃん、俺と『お友達』になる?」
気が付けばそんなことを提案していた。
理由なんて分からない。偶然かもしれない。
でもなぜか彼女の周りは温かくて、その温度に触れれば自分を癒せる気がした。
「えっ、お、お友達……って」
目を白黒させて戸惑う様子を、じっと観察する。
本気ととられても冗談ととられても、どっちでも良かった。それでも、言葉にして自分から誘うのは初めてで、心臓が忙しない。
「……ふ、」
「ふ?」
「普通の友達なら、喜んで……!」
懸命に答えを模索したのだろう。
名案だ、とでも言いたげなその表情に、胸の奥が優しく叩かれた。