九羊の一毛


本当に、どうしてこんなむず痒い気持ちにならなければいけないのか。
らしくない。心底らしくない。

でも。


『普通の友達なら、喜んで……!』


彼女のあの行動が気紛れだったのなら、俺にだって気紛れは許されるだろう。俺は頼んでいないのに、彼女は勝手に痛み止めを処方してきたのだから。

だからこれは別に、返礼などではない。

ワイシャツに袖を通して、ネクタイを締める。ブレザーを羽織れば、何となく気が晴れた。

学校に着いて十数分。教室の前で椅子に乗っかり、爪先立ちする小さな背中。


「うっ……」


目一杯その腕を伸ばして力む彼女に、俺は声を掛けた。


「何してるの」


瞬間、びくりと目の前の肩が跳ねて、彼女の手からプリントが離れる。
屈んでそれを拾ってから歩み寄ると、彼女は驚いたように目を見開いていた。


「え、狼谷くん……何で、」


何で。まあ確かにそうだ。
今日一日いなかったというのに、今になってここにいるのは、自分でもよく分からない。

でも多分、強いて言うなら――


「何でって、今日委員会じゃないの?」


欠席したら、夜寝るまであんたの顔を思い浮かべる羽目になりそうだから。

ただ、それだけ。ほんの気紛れだ。

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