九羊の一毛
飛びついてきた岬が俺の髪を掻き回した。興奮しているのか、やけに荒々しい。
その戯れを振り払って、治まらない鼓動のまま彼女を探す。
「玄! ほら整列! 行くぞ」
「……ああ」
あの純真な瞳は、もう俺を映してはいなかった。
友達と遠ざかっていくその背中を目で追いながら、振り返ってくれないだろうかと淡い期待を抱いている自分に気が付く。
『なんていうのかな……指先まで魔法がかかったみたいだったんだ。ボールがね、やったあ! って、喜んでるみたいな』
嬉しそうに言葉を紡ぐ柔らかい笑顔が、記憶の奥で疼いた。
「……魔法はどっちだよ」
入っちゃったじゃん、ゴール。
半ば八つ当たりのような感情が湧いてくる。
まるで呪文。彼女の放った言葉は真っ直ぐ、確実に俺の心を蝕んで、体の芯から熱くなる。
あの声が聞こえた瞬間、考えるより先に体が動いていた。
彼女は魔法使いなのかもしれない。そうだとしたら、俺はさしずめ操り人形か。
「え、何。何で笑ってんの玄くん」
「きもいからその呼び方やめろ」
「つれないんだから~」
わざとらしく口を尖らせる岬に、うるさい、と吐き捨て、歩くスピードを上げた。