九羊の一毛
か細い声が震えている。
恐る恐るといった様子で岬を見上げた彼女は、そのまま固まってしまった。
見つめ合う彼女と岬に、どことなく気分が曇る。
何で岬の方ばっか見てるの。さっき俺のこと見てたくせに。あんなにおっきい声で、俺の名前叫んでたくせに。
刹那、岬の頬がカッと赤くなった。
なぜかそれに無性に苛々して、なに欲情してんだよ、と内心悪態をつく。岬のあれは、明らかに「雄」の顔だった。
「あー……保冷剤ね。うん、ちゃんと冷やした方がいいよ。こっちおいで?」
「えっ、」
腹が立つ。彼女をそんな対象で見るのも、猫撫で声で語りかけるのも。
だめって、その子は俺の友達だから手出すなって、言っただろうが。彼女はそういう対象で見ていい子じゃない。
釈然としない気持ちで傍観していたが、岬が彼女の手を引いた瞬間、我慢できずに呼び止めた。
「岬」
俺の声に、彼女も振り向く。
その瞳には怯えの色が見て取れて――何でだよ、と怒鳴りたくなった。
いま手を繋いでる男は君に欲情してたんだよ。何されるか分かんないんだよ。
俺は絶対にそんなことしない。君相手には、絶対に。
「邪魔して悪かったって! じゃ、ごゆっくり!」