九羊の一毛
彼女の顔を覗き込んだ。強制的に合った視線が、胸の奥を焦がすように俺を揺さぶる。
きゅ、と薄ピンクの唇を噛んで、羊ちゃんはみるみるうちに顔を赤らめた。
――そんな顔、しないでよ。
うっかり邪な思考が脳内に侵入しそうになり、慌てて目を逸らす。これじゃ俺も岬と変わらない。
心臓がやけにうるさくて、体が熱くて。でもこの昂ぶりは、今まで感じてきたインスタントな興奮とは種類が違う。
「か、狼谷くん」
「うん?」
何やら一生懸命、彼女が俺を呼んだ。僅かに耳を寄せて続きを促す。
「あの、……体調、大丈夫……?」
「え?」
「あ、えっと……結構試合激しかったし、今もその……」
もごもごと語尾を濁した羊ちゃんに、数秒呆気にとられた。
まさか、彼女は以前のことを気にしているんだろうか。
前日に遅くまで女と散々遊んで、翌日の体育で体調を崩した時。羊ちゃんは刺々しく追い払った俺に物怖じすることなく、笑いかけたのだ。
心配してくれるの? あんなところを見たのに、それでも俺を変わらず気にかけてくれるの?
ああ、やっぱりこの子は――俺を浮かれさせるのが上手い。
「うん。……羊ちゃんのおかげで、大丈夫になった」
「えっ? わ、私何もしてないよ……?」
それでいいんだよ。君は、そのままで。
より熱いのは繋いだ手か、俺の顔か。その答えはまだ、出さなくていい。