九羊の一毛
隣から軽やかな笑い声。狼谷くんは眉尻を下げて、小さく笑う。
あ。笑ってくれた。やっぱり、私は彼の笑う顔が好きだ。
「……狼谷くんの笑った顔も、好きだよ」
穏やかな胸中のままそう言うと、沈黙が落ちる。
つと隣に視線を向けるとそこには誰もいなくて、あれおかしいなと首を捻った。
振り返った先、立ち止まった狼谷くんが私を凝視している。
「狼谷くん?」
どうしたんだろう。不審に思っていたところに、彼の質問が飛んできた。
「……それって、どういう意味?」
「え?」
それ、とは。少し前の自分の発言を振り返る。
『……狼谷くんの笑った顔も、好きだよ』
もしかしなくても何か誤解されてる? 確かに「好きだよ」はまずかった、というか色々語弊があったかもしれない。
ようやくそこまで思い至って、私は慌てて両手を振った。
「あ、ご、ごめん、変な意味じゃなくて……! そうだよね、いいところって言ってたのに好きなところになっちゃってた」
私の個人的な話をしてどうするっていうの。ほら、狼谷くんだって困ってる。
「や、やっぱり、私じゃ役不足なんじゃないかな……」