九羊の一毛


隣から軽やかな笑い声。狼谷くんは眉尻を下げて、小さく笑う。

あ。笑ってくれた。やっぱり、私は彼の笑う顔が好きだ。


「……狼谷くんの笑った顔も、好きだよ」


穏やかな胸中のままそう言うと、沈黙が落ちる。
つと隣に視線を向けるとそこには誰もいなくて、あれおかしいなと首を捻った。

振り返った先、立ち止まった狼谷くんが私を凝視している。


「狼谷くん?」


どうしたんだろう。不審に思っていたところに、彼の質問が飛んできた。


「……それって、どういう意味?」

「え?」


それ、とは。少し前の自分の発言を振り返る。


『……狼谷くんの笑った顔も、好きだよ』


もしかしなくても何か誤解されてる? 確かに「好きだよ」はまずかった、というか色々語弊があったかもしれない。
ようやくそこまで思い至って、私は慌てて両手を振った。


「あ、ご、ごめん、変な意味じゃなくて……! そうだよね、いいところって言ってたのに好きなところになっちゃってた」


私の個人的な話をしてどうするっていうの。ほら、狼谷くんだって困ってる。


「や、やっぱり、私じゃ役不足なんじゃないかな……」

< 28 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop