九羊の一毛
唐突に背後から声が掛かって、思い切り飛び上がった。慌てて口を塞いでから視線を横にずらす。
「か、狼谷くっ……飲み物買いに行ったんじゃ……!?」
動揺が酷くてまともに喋れそうにない。
後ろに立つ狼谷くんは、私の肩越しにノートを覗き込むようにして机に手をついた。
「うん。財布忘れたなと思って」
顔が近い。背中に彼の熱を感じる。
その距離感に顔が火照って、ますます焦った。
ふは、と控えめに吹き出した狼谷くんが、耳元で問う。
「書きすぎ。何個あんの、これ」
「えっ、あ、ごめんね……」
本人の見ていないところで書き連ねるなんて、今更ながら恥ずかしくなってきた。加えて、こんな近くで彼の声が聞こえるのも落ち着かない。
二つの羞恥が襲ってきた私は、ひたすらに参ってしまった。
「あ、あの、狼谷くん」
「うん?」
狼谷くんのいいところは、沢山見つけるよ。私がいくらでも探す。
そうしたらいつかちゃんと、自信を持って笑えるようになる?
「あと何個見つけたら、自分のこと好きになれる……?」