九羊の一毛
「じゃあ、気を付けて」
学校近くのカフェを出て、彼女が乗るバス停の前で立ち止まる。
俺の言葉に、羊ちゃんは俯いたままだった。
「羊ちゃん?」
ついさっきまで俺より嬉しそうに糖分を摂取していたというのに、彼女が背負うオーラはどことなく陰っている。
「あ、あの……狼谷くん」
「どしたの」
首を傾げて彼女の呼びかけに応じた。
瞬間、勢い良く顔を上げた羊ちゃんは、意を決したように口を開く。
「この後はお暇ですか……!」
「ふは、」
必死さに似つかわしくない、ささやかな伺い。
思わず吹き出した俺に、彼女は目を丸くした。何度も瞬きをして、珍しいものを見るかのように黙り込むから、こっちが気恥ずかしくなってくる。
「……何もないよ。って、さっきも言ったじゃん」
「そ、そうだったね! ごめん……」
えっとね、と視線を左右に振って、羊ちゃんがたどたどしく続けた。
「狼谷くんが嫌じゃなければ、その……何かプレゼントしたいなと思って……」
俺の顔色を窺うように眉尻を下げた彼女に、しばらく言葉が出てこなかった。
プレゼント? 羊ちゃんが俺に?
ああ、誕生日プレゼントか。と、ようやく意味を理解して息を吐く。
「いいよ、気ぃ遣わなくて。ていうか、いま奢ってくれたじゃん」