九羊の一毛
軽く告げ、その場を離れる。
騒がしいゲームの音が遠くなったところで、震え続けるスマホを耳に当てた。
「もしもし」
「もしもし、玄? 今日は遅いの?」
仕事終わりだろうか。通話口越しの母の声に、雑音が混じって少し聞き取りづらい。
「今から帰るところなんだけど……ご飯、食べに行かない?」
「またあそこ?」
「玄の行きたいところでいいわよ。違うところにする?」
「……いや、いいよ。いつものとこで」
そう? とどこか納得し切っていないような声色が聞こえてくる。
もう一度そこでいいと念を押したところで、向こうの喧騒が大きくなった。
「あ、ごめん。電車来たから。じゃあまた連絡するわ」
そこで通話は途絶えた。
変わり映えのない日。毎年同じように過ぎ去って行く、六月の三十分の一。そのはずだった。
『狼谷くん、お誕生日おめでとう』
他でもない。彼女のせいで俺は、自分がこの世において大切な存在なんじゃないかと、一瞬でも自惚れてしまいそうなほど――
「あ、いた! 狼谷くん!」