九羊の一毛
それは、三年越しの呼称だった。
目頭が熱くなって、目の前の画面が揺れる。コントローラーの操作もままならず、ゲームオーバーの音が鳴った。
かつての父は、もういない。母さんと家を出た日、特に喪失感も何もなくて、俺にとっての父親とはそんな程度のものだった。
「俺、父さんに紹介したい人がいる」
代わりに現れたのは、馬鹿みたいに素直な、下手したら俺より子供っぽい大人。
寂しいなんて思いたくなかった。そう思うのは、みっともないことだと思っていた。
違う。全部、違ったんだ。
『狼谷くんが自分のことそうやって切り捨てたら、誰が拾ってあげるの? 自分のことは自分で守らなきゃいけないんだよ。自分が一番大切にしてあげなきゃいけないんだよ』
辛い。悲しい。苦しい。――助けて欲しい。
願うことは見苦しくなんてない。俺にはきっともう、ずっと前から掬い上げてくれる人が沢山いて、俺がそれを見ていないだけだった。
「大事な人、なんだ」
好きよりもっと複雑で、この先手放したくない人。彼女と出会って、俺の世界は瑞々しく彩られ始めた。
「……うん」