九羊の一毛
急に何を言うのかと思えば。不意打ちはずるい。
さっきから玄くんは甘えモードで、声のトーンも普段より高いし、全体的にふわふわしている。
「羊ちゃん、好き」
「う、うん……ありがとう、私も好きだよ」
「好きー……」
困った。何がって、この状態に陥ってしまった彼を元に戻す術を、私は知らない。
いくら慣れてきたとはいえ、好きな人にくっつかれたまま愛を囁かれて平常心でいられるほど、私の心臓は強くなかった。
「玄くん、あの……ちょっとだけ、離れよう?」
「何で?」
「えっ、だ、だって恥ずかしいよ」
一番後ろの座席だからまだ助かったけれど、停留所で乗り込んできた人に見られたら羞恥で死ねる。
玄くんは渋々といった様子で顔を上げ、手だけ繋いだまま口を尖らせた。
「じゃあ誰も見てなかったら、ずっとくっついててもいい?」
「え? うん、まあそれは……」
というか許可の取り方が今更じゃないだろうか。
虚を突かれつつも頷いた私に、彼が嬉しそうに微笑む。
「分かった。次からデートは俺の家にしよっか」
「うん、いいよ」