九羊の一毛
坂井が彼の名前を呼んだ途端、輪になって話し合っていた男子が、ザッと姿勢を正す。
一人自分の席に座ったままだったその「彼」は、窓から射し込む光を浴びて気持ち良さそうに瞼を閉じていた。
寝てる、のか? 返事ないもんな。これ寝てるわ。
「狼谷、文化委員やってくれない?」
まさかこの状況で爆睡しているとは思っていなかったのだろう。坂井はそう続けたものの、玄の耳には全くもって届いていない。
「……困ったな」
ほら、坂井困ってるって。玄くん、そろそろ起きようよ。
周りは固唾をのんで見守っている。
突如として、「何とか了承の返事を貰いたい学級委員VS朝が弱いせいで夢の世界へレッツゴーな第一印象最悪男」の戦いが始まってしまった。
膠着状態。となればここはもう、俺がどうにかするしかないわけで。
「あー……坂井。文化委員の欄、玄の名前書いといていいよ」
「え」
「俺が後から頼んどくから! あいつね、俺の頼み事は何だかんだ聞いてくれるから大丈夫」
本当に? と坂井が念を押してきた。
正直に言おう。……俺は今めちゃくちゃ嘘をついている!
「じゃあ文化委員は狼谷で。先生に出してくるよ」