九羊の一毛
そう問われて、俺は勢い良く振り返る。
奥さんはにこにこと悪気なく聞いてきたようだが、正直勘弁してくれ、と頭を抱えたくなった。
「チョコ……?」
ああ、案の定、西本さんが首を傾げている。
前に色んな味を試していた時、チョコにはまってしまって、そればかり頼んでいた記憶を思い出した。
味覚がいかにもガキっぽいし、あんこ派の人にとっては邪道だろうし、とりあえず何か恥ずかしいし、で消えたい。
「いや、普通にあんこでいいです……」
弱々しく申告すると、奥さんは「そやの?」と微笑んだ。
「お友達さんはどないしはります?」
「あ、私もあんこでお願いします」
堅実な答えが彼女らしい。
注文を終えると、再び沈黙がやってきた。
温かいたい焼きを受け取って店内の椅子に腰を下ろす前、奥さんに「頑張ってな」と励まされてしまい無駄に動揺したのは、西本さんにバレていないと思いたい。
「美味しい」
彼女の最初の感想はそれだった。目をぱちぱちとさせて、じっと欠けた鯛の頭を見つめる様子が新鮮だ。
「はは、良かった。うまいよね」