九羊の一毛
目を逸らして気まずそうに告げた彼女に、不謹慎だが心臓が跳ねた。
俺にはって。それって、俺にだけってこと?
今度こそちょっとだけ期待して、罰は当たらないだろうか。
「何か分かんないけど。痛い目見て欲しいからかな?」
「えっ? 待って。俺、西本さんに恨まれるようなことした?」
「いや、全く。何となくだから気にしないで」
「理不尽!」
思わず抗議した俺に、彼女が笑う。
「何かやっぱり、こっちの津山くんの方が好きだな」
瞬間、心臓がきゅ、と縮まって。
ああ、俺、この子が好きなんだ。たったそれだけで、全部腑に落ちてしまった。
「こっちって何……?」
問いかける自分の声は弱々しくて、情けない。
「んー、普段の津山くんはへらへらしててむかつくけど、落ち込んでる津山くんは人間味があるっていうか」
「それ褒めてなくない? 褒めてないよね?」
「褒めようとしたつもりはなくて」
「辛辣ぅ……」
まあとにかく、と俺のジト目を受け流した西本さんが、穏やかに言った。
「必死になってる津山くんは、嫌いじゃないよ」
『岬って、必死だよね。なんかいつも余裕なさそう』
だから、拾わないでくれって言ってるのに。
かっこつけた俺じゃなく、ダサかったはずの俺をすんなり認めてしまった彼女に、もうしばらくは頭が上がりそうにない。