九羊の一毛



「はい。熱いから気を付けて」

「ありがとう……」


湯気が立ち上るマグカップを受け取って、ほう、と息を吐く。

放課後、学校からそのまま玄くんの家にお邪魔して、彼の部屋に二人きり。
今月に入ったばかりの頃、私から「バレンタインは二人で過ごしたい」と言って、それはもちろん本来チョコを渡すためだったんだけれど。今日一日、彼にどのタイミングで伝えようと悩んでいるうちに放課後になってしまった。

とりあえず心を落ち着けようと、マグカップに口を付ける。思いのほか液体の温度が高くて反射的に離せば、向かいからくすくすと笑い声が上がった。


「ごめん、ちょっと熱すぎた?」

「あ、うん、でも大丈夫!」

「羊ちゃん熱い方が好きだもんね」


さらりと告げられた言葉に、少し驚いてしまう。


「私、そんなこと言ったことあったっけ……」

「んー? 見てれば分かるよ」


そんなものなのかな。彼の観察力には常々感心する。

つと視線を上げると、こちらを見つめる穏やかな瞳が微笑んだ。
沈黙が落ちる。特別気まずいというわけでもないけれど、言うなら今しかないと思った。


「玄くん、あの……」

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