九羊の一毛
胸の前で両手を握り、頬を赤く染めて懸命に言葉を紡ぐ女の子。彼女の想い人はどうやら、「彼」らしい。
「や、ごめん。その……気持ちは嬉しいんだけど……」
なんだ、その中途半端に優しい口調は。
文句を垂れたくなってしまうのは、自分からチョコが欲しいと頼んでおいてさっさと帰ってしまう自分勝手さに、少々腹が立っていたからかもしれない。
秋頃と比べてワントーン暗くなったんだろうか。それでも相変わらず明るい方ではある髪色の彼は、苦笑気味に続けた。
「好きな子、いるんだ。だからごめん、君とは付き合えない」
その答えを聞いて、驚いた者はこの場に誰一人としていない。
十一月、いや十二月だったか――とにかく、津山くんの雰囲気が変わったのはみんなが気付いた。それは外見に特化した話ではなく。
お世辞にも女癖がいいとは言えない彼が、女の子と関係を持つのをぱたりとやめた、という噂を聞いたのはその直後だ。同時に「彼女ができた」だの「好きな人ができた」だの、好き勝手に脚色されていった。
そう。だから今更、彼に好きな人がいると聞いたところで、「やっぱりそうなのか」くらいの感想しか抱かないだろう。
まあそれはどうでもいいとして、なぜわざわざ人が乗ろうとしているバス停の前で告白なんてしているのか。私はどうしたらいいんだ、一体。
「……分かりました。聞いてもらって、ありがとうございます」