九羊の一毛
数週間前、上目遣いで私の顔を窺ってきた彼のセリフが脳内に浮かんだ。
あざといくせにそれが計算じゃないから困る。へらへらと不特定多数を相手していた彼の方がまだマシだった。
以前と全くイメージが違う。自信なさげに私の後ろを着いてきて、たまに前を行ったかと思えば「手を繋いでいいか」と弱々しく確認を取ってきて。
本当に気に食わない。キスもそれ以上も散々やってきたくせに、まるで全て初めてみたいに、たどたどしく控えめに笑う。
だから無下にできなくて困っているんだ。だって、そんな風に健気な空気を出されると、振り払う私が悪者みたいじゃない。
「いや……何か、ごめん……その、怒ってる?」
「別に。ただ話し込むなら邪魔にならないところでやって欲しいなって思っただけ」
彼の方も見ずにそう告げると、隣の空気が沈んだのが肌で分かった。
こういうところが嫌いだ。私が悪いみたいになるし、それを修復するのも私の役目になるし。
「……西本さんのこと、待とうと思って」
ぽつりと彼が呟く。
「教室だと迷惑かなって思ったから、ここで待とうとしたんだけど……」