九羊の一毛
端的に会話を終わらせた玄が、窓の外へ顔を向けた。
あ、そっか。寝てたから俺が押しつけたってバレてないんだ。ラッキー。
そそくさと自分の席へ戻ろうとした時、玄の目がつと動く。
一瞬心でも読まれたか、と固まったが、彼の視線は俺を通り過ぎてその奥へ向けられた。
つられて振り返り、その先を視界に入れて少し驚く。
小さな女の子。真ん丸の綺麗な瞳が不安と怯えの色を灯して、玄を見つめていた。
玄もまたそちらをじっと見つめたまま――耐えかねたように、白さんが俯く。
「今日の放課後、最初の委員会がある。各自教室を確認して参加するように」
そんな先生の声掛けに、玄もようやく顔を背け、目を伏せた。
「白さん可哀想……大丈夫かなあ」
「でも狼谷くんと一緒はやだ、怖いもん」
女子の会話が耳に入る。
そんなに玄は恐れられているのか、と改めて実感してから、白さんに視線を投げて、少々申し訳なくなった。
俺の采配のせいで、彼女は今現在、完全に塞ぎ込んでいる。
それはさながら、オオカミに捕食されるヒツジのようで――
「……ごめんね、『ヒツジちゃん』」
でもあのオオカミは案外優しいから大丈夫だよ、と。
彼女に届くはずもない慰めが、胸中で揺蕩った。