九羊の一毛
「卒業生の皆さん、本日はご卒業誠におめでとうございます」
もう聞いたよ、何回目だよそれ。
あくびを噛み殺し、重たい瞼を持ち上げる。
視線だけ高い窓の外に向ければ、校舎のすぐそばに植えられている桜の木が風で揺れていた。
俺は今日、卒業するらしい。らしい、というのは、いまいち実感がわかないからだ。
右前方。女子の列でぴしっと背筋を伸ばし椅子に座っている、一人の女の子を自然と目にとめてしまう。
『私のこと、好きなの?』
結局、言えずじまいだった。
彼女とは三年も同じクラスになって、個人的にはめちゃくちゃ嬉しかった。とはいえ、確率的には三分の一だったんだけども。
文系は四クラスで、そのうち一つは専門学校や短大、指定校推薦を狙う組で構成されている。あとの三クラスが主に四年制大学志望の生徒だ。
西本さんは県内の国公立が第一志望で、俺も同じ大学を受験すると決めていた。真似しようと思ったわけではなくて――いや確かに一ミリくらい不純な気持ちはあったけど――、国公立ならそこが一番通いやすいと思っていたのだ。