男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
第1部 アデール国 第1話 アデールの双子
1、双子の誕生
遠くに草原の国々。
切り立つ山脈を隔てそのすそ野に広がる太古の森と僅かな平野には、そこかしこに小さな国々が林立する時代のこと。
その奥深い森の国、アデール国に待望の王子と姫が生まれる。
一度に二人の奇跡のような玉のような赤子の誕生に、アデール国中の国民がこれで世継ぎができたと歓喜する。
だが、幸せの絶頂のはずの王さまと王妃さまには大きな心配事があった。
なぜなら、へその緒が首に巻き付いて生れた王子は、その身体もその産声もはかなく頼りなげであったからだ。
成長しても大きくなれないかもしれないという不安がよぎる。
続いて生れた姫は脆弱に生まれついた王子とは対象的に、丸々とした体に、天井が落ちるかと思われるほど大きな産声。
乳母も騎士も、これが逆であったらと思わずにはいられない。
そんなことなど決して口にはできなかったのだが。
王城での不安をよそに、王子と王女の誕生の祝福は一週間続き、国中が色とりどりの花と歌と踊りに溢れたのだった。
成長するにつれて、ふたりは共に美しく育っていく。
黙って座ってさえすれば、二つぶの真珠のごとき美しさ。
だがしかし、二人が表すのは対極の美ともいえた。
美しい王子は、誰にでも愛されるたおやかで優しい性格。
一方同じ顔の姫は、野山を駆けまわり勇ましくも男勝りな性格。
次第に時代は変革を迎えようとしていた。
覇権を争い国々が隣国の侵略を始める、不穏な兆しがそこかしこで現れ始める。
隣国が攻め入られ尊厳を踏みにじられる姿を目の当たりにして、攻めいられない強い国作りが急激に求められていく。
戦の血の匂いと焼かれた町の噂に平和を享受するアデールの国民も慄くこともしばしば。
森の奥深くに存在するとはいえ、穏やかなアデール国もその変革の波にのまれずにはいられない。
体力的に脆弱な世継ぎの君の存在は、弱小の国が将来独立を維持するのに致命的だと思われた。
双子が6才になったころ、相変わらず病弱で、外ではなく女官に囲まれて優しく育つアンジュ王子と、同年代の男の子供たちと外で遊ぶロゼリア姫をみて、王さまとお妃さま、そして重臣たちは、強いアデール国を打ち出すために一計を講じる。
元気なロゼリア姫を王子として、
病弱なアンジュ王子を姫として、
育てよう。
そして唯一決められた約束事。
彼らが成長期に入り、隠しきれなくなる16才になったときには、この取り換えを解消する。
「ロゼリア、あなたには本当に申し訳ないのですけど、16才になるまで王子として振舞ってくださいね。それまでにアンジュも丈夫に育ち強くなっていることでしょう。
その時にはあなたの王子としての役目も終わりです」
王妃である母は決意を込めて言う。
「わたしたちの都合で本当にごめんなさい。でも、あなたには男として生きてほしいのではなくて、女としての幸せも知ってほしいのですから」
言われたロゼリアは王子として振舞うのはこころより楽しかった。
女子たちの間に座って、ひらひらする足元に絡みつくだけの邪魔なドレスを着て、ままごとなどしなくていいのだ。
一生王子のままでいてもいいのにな、と思ったのだった。
アンジュにも異論はなさそうである。
彼も、一生姫でいいのになと思ったのだった。
それは、他国へ外交の場に子供たちを連れて行く時、そして外交だけでなく、国内においても徹底されることになった。
そうして、迎えた激動の時代。
ロゼリアはアンジュ王子として、アンジュ王子はロゼリア姫として、育てられることになったのである。
切り立つ山脈を隔てそのすそ野に広がる太古の森と僅かな平野には、そこかしこに小さな国々が林立する時代のこと。
その奥深い森の国、アデール国に待望の王子と姫が生まれる。
一度に二人の奇跡のような玉のような赤子の誕生に、アデール国中の国民がこれで世継ぎができたと歓喜する。
だが、幸せの絶頂のはずの王さまと王妃さまには大きな心配事があった。
なぜなら、へその緒が首に巻き付いて生れた王子は、その身体もその産声もはかなく頼りなげであったからだ。
成長しても大きくなれないかもしれないという不安がよぎる。
続いて生れた姫は脆弱に生まれついた王子とは対象的に、丸々とした体に、天井が落ちるかと思われるほど大きな産声。
乳母も騎士も、これが逆であったらと思わずにはいられない。
そんなことなど決して口にはできなかったのだが。
王城での不安をよそに、王子と王女の誕生の祝福は一週間続き、国中が色とりどりの花と歌と踊りに溢れたのだった。
成長するにつれて、ふたりは共に美しく育っていく。
黙って座ってさえすれば、二つぶの真珠のごとき美しさ。
だがしかし、二人が表すのは対極の美ともいえた。
美しい王子は、誰にでも愛されるたおやかで優しい性格。
一方同じ顔の姫は、野山を駆けまわり勇ましくも男勝りな性格。
次第に時代は変革を迎えようとしていた。
覇権を争い国々が隣国の侵略を始める、不穏な兆しがそこかしこで現れ始める。
隣国が攻め入られ尊厳を踏みにじられる姿を目の当たりにして、攻めいられない強い国作りが急激に求められていく。
戦の血の匂いと焼かれた町の噂に平和を享受するアデールの国民も慄くこともしばしば。
森の奥深くに存在するとはいえ、穏やかなアデール国もその変革の波にのまれずにはいられない。
体力的に脆弱な世継ぎの君の存在は、弱小の国が将来独立を維持するのに致命的だと思われた。
双子が6才になったころ、相変わらず病弱で、外ではなく女官に囲まれて優しく育つアンジュ王子と、同年代の男の子供たちと外で遊ぶロゼリア姫をみて、王さまとお妃さま、そして重臣たちは、強いアデール国を打ち出すために一計を講じる。
元気なロゼリア姫を王子として、
病弱なアンジュ王子を姫として、
育てよう。
そして唯一決められた約束事。
彼らが成長期に入り、隠しきれなくなる16才になったときには、この取り換えを解消する。
「ロゼリア、あなたには本当に申し訳ないのですけど、16才になるまで王子として振舞ってくださいね。それまでにアンジュも丈夫に育ち強くなっていることでしょう。
その時にはあなたの王子としての役目も終わりです」
王妃である母は決意を込めて言う。
「わたしたちの都合で本当にごめんなさい。でも、あなたには男として生きてほしいのではなくて、女としての幸せも知ってほしいのですから」
言われたロゼリアは王子として振舞うのはこころより楽しかった。
女子たちの間に座って、ひらひらする足元に絡みつくだけの邪魔なドレスを着て、ままごとなどしなくていいのだ。
一生王子のままでいてもいいのにな、と思ったのだった。
アンジュにも異論はなさそうである。
彼も、一生姫でいいのになと思ったのだった。
それは、他国へ外交の場に子供たちを連れて行く時、そして外交だけでなく、国内においても徹底されることになった。
そうして、迎えた激動の時代。
ロゼリアはアンジュ王子として、アンジュ王子はロゼリア姫として、育てられることになったのである。
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