男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

60、夜月を確保せよ④

「ジルコンよ。お前に絶好の機会をやろう。お前の元に集う者たちで狩りの腕前を競わせるといい。互いに刺激になり、それによりイノシシの害がなくなれば感謝もされるだろう。同時に若者たちは勉学ばかりで疲れた心身をリフレッシュするといいだろう。イノシシを仕留めてもらうのはもちろんだが、狩りやすい鶏も都合よく放たれている。数を競い合うのに丁度よいのではないか?」

フォルス王がジルコンに、狩りを命じたのである。
フォルス王の言葉は絶対である。
狩りは、夏スクールの男子たちで、薬事公園のイノシシ事件が起こった二日後に行われることが決まったのである。狩りは猟犬を使った巻き狩りである。
ジルコン王子の騎士が全員駆り出され、さらに各王子たちの護衛も参加することが許される。
猟犬を扱う専属の男たちも入り、寮前の広場では見送りの女子たちの姿もあり、一大イベントとなっていた。

「我々は猟犬よりも鷹を使う。犬と鷹は相性が悪そうだ。二手に分かれないか?」
そう言ったのはラシャールである。
ラシャールは短弓を担ぎ、反りあがるナイフを腰に佩く。
ジルコンは迷った。
狩りは軍事訓練でも使われている。
合同で行動すれば手の内をさらすことになりかねないが、逆をいえば相手の戦術を知ることもできる。
ラシャールは明かさない方を選んだようだった。

「鷹などどこにいるんだ?」
 バルトが不用意に言い、ラシャールは空を指した。
 いつの間にか、空高く、円を描き飛ぶ鷹の影が、5つほど飛んでいる。

「パジャンから付いてきた仲間だ。森にいたようだが、呼べば集まってきた。俺の鷹だけでなくて、アリシャンの鷹など、それぞれ相棒がいる。これを使って獲物を追い立てようと思う」
「あれらはただ偶然に飛んでいるだけではないのか?」
 ノルが言う。
 彼はさらさらの髪を宝石を織り込んだ帯で留め、細かな革を赤の紐で繋いだ肩当てに、赤漆と金箔で装飾された弓を手にしていた。矢筒は揃いの赤で、矢羽は赤く染められている。指には小さめのルビーの白金の指輪が飾る。
 ラシャールは目を丸くしてその美意識の高い狩り装束を見た。ノルだけでなく、ラドーは夜光貝を砕いて塗り込めた螺鈿の矢筒とその揃いの弓。腰の短剣は、同様に夜光貝がきらめいている。
 フィンも、籠手は銀の精巧な細工ものである。
 ウォラスは作りはシンプルなものであるが、肩当、剣の鞘など革を使っているところ全てに赤いバラの花が描かれている。そして、ふんわりとバラの香水を身にまとう。

 ラシャールたちは視線を合わせた。一斉に指笛を吹き腕を伸ばす。
 空が雲に覆われたかと思うぐらい、あたりは翳り、土埃を巻き上げ、草原の男たちの腕に相棒がふわり舞い降りた。ラシャールの鷹はひときわ大きい。
 再び空に放つ。


「では左右にわかれていくことにしよう。そちらにも森の案内人が付く。互いに領分を決めて踏み入らないようにしよう。そうでないと危険だから」
 ジルコンは決断する。
「狩りの時間は夕刻まで。それで、いったん終了する。その時に、獲物の数で、勝敗をきめよう」
「わたし達はいいが、そちらは本当に血なまぐさい狩りができるのか」
 ラシャールはきらびやかに装うことに専心している森と平野の男たちを見回していた。
 ジルコンも肩をすくめる。
「彼らの護衛がそれぞれの本丸なんだ。その点は見逃してくれ。王族は自分の手を汚さないものだが、いざとなったら飾りの剣で獣のとどめを刺すことぐらいはできるだろう。ご心配くださり感謝する」
 ラシャールは笑みを浮かべる。
「なるほど。では、そちらの戦力は半分だということなのですね。我々は貴賤関係なく狩りをするから、勝敗は見えたようなものですね」
 既に舌戦が始まっている。

「全員、そろっているのか?」
 始まりの号令がかかりそうな気配に、ラシャールは首を巡らして周囲を見る。
 猟犬10頭が周囲を走り、普段は森の整備をほそぼとそしているという案内人たち、王子とその護衛はそれぞれ馬の手綱を握っていたり、鞍上にいたりする。
 ラシャールが探すのはアデールの王子である。
 ジルコンもロゼリアがいないことにとっくに気が付いていた。
 イライラと寮から出てくるのを待っていた。

「いや。もう少し待ってくれ。仕留めた獲物はその場で血抜きまで頼む。そこまでできて一頭だ。基本はイノシシだが、鹿害も報告されている。我らは先に森の奥へ進んで待機し、王都街側から猟犬や、鷹が獲物を森の奥へ追い立てる。個体数を減らすことも目的だが、王都に出没しないように、森の奥へと誘導することも、主眼の一つで……」
 ジルコンは説明をする。
「イノシシ1に対して鹿2、鶏なら5ぐらいが適当だと思うが、どうだろうか」
 ラシャールも思案顔で、獲物の点数を考える。
「危険度から言えば、1対3対10が適当ではないか。どう思うバルド」
 いきなり振られてバルドは目を瞬く。
 先ほどの鷹の登場で圧倒されていたのだった。
「イノシシの1だとしても、オスとメスは違うし、この時期のウリボウも1だとすると、種別による区別はおかしいと思う気が……」
 余計話が複雑になっていく。

 ラシャールの護衛、デジャンは忍耐強く話が終わるのを待っていた。
 デジャン以外にも、寮の前から動かない王子たちを不審に思い始めた者たちもいる。
 
 ジルコンとラシャールの態度はおかしい。

 くるくる銀髪のウォラスは首をかしげて周囲を見回した。
 二人して狩りのルールを直前になって話し合い始めているのは違和感があった。
 狩りなんて所詮遊びのようなものなのだ。
 狩りに参加しない者たちがいないわけではない。
 誰がいないか、ウォラスは一人一人確認する。いる者よりもいない者を探す方が手間がかかる。
 だが、すぐに思い当たった。
 アデールの王子がいないのだ。
 朝食時は参加する方向だったはずである。
 狩り用の服がないから、誰かに借りるとか借りないとかになっていたのだった。
 そして、馬鹿なことを言っていた。
 鶏を殺さないでほしいとかなんとか。
 
 その時ようやくアデールの王子が登場する。
 黒い肩当と胸当てを付けている。黒はジルコン王子の色で、ジルコン王子は黒に金の模様が入り、アデールの王子は銀の模様である。護衛のアヤの物を借りたようである。
 アデールの王子はエストと一緒だった。エストは蒼白で狩りの装束ではない。彼にしては珍しい、羽の装飾のないシンプルな服である。
 武器の代わりに空の鳥籠を持っている。
 
「エスト殿。それはないんじゃないかな?危険だよ?」
 ウォラスは声をかけた。
 エストは憔悴し強張った顔をフォラスに向けただけ。
 そして、ジルコンに言う。

「ジルコン王子、この場を借りてお願いしたいことがあります。わたしの黒鶏が森に迷い込み、戻ってきていません。夜月は黒い身体に額に白い模様があり、足には銀の輪をつけているメス鶏です。どうか、殺さないで、見つけたらわたしをお呼びくださるか、生きたまま捕獲して欲しいのです」
「鶏を殺さずに捕まえろというのか」
 アリシャンが憤慨していう。
 今日は日頃の鬱憤を矢にこめて鶏を片端から狙うつもりだった。
 パジャン側だけではなく、エール側からも、いちいち確認していたら逃してしまう、と不満の声が上がる。
 そこへ、ロゼリアも前に出た。

「実は、僕の可愛がっている黒鶏のクロも、同様に森を寝床にしています。クロには銀の輪ではなくて、赤いリボンを結んでいます。どうか、ご面倒でも射る前に、一度ご確認するように重ねてお願いできないでしょうか。そして、捕まえておいていただきたいのですが」

 絶対に譲らない挑戦的な顔をしている。
 その場のひりついた空気を感じるが、ロゼリアも引けないのだ。
 二人からの訴えにざわめいた。

 ラシャールは静かにロゼリアを見つめていたが、ふっと笑う。
「鶏は狩るのは簡単だが、アンジュ殿とエスト殿は少し難易度を上げるように訴えているのだな。我らへの挑戦と見るが、それも良いだろう。それぐらいのハンディがあった方が、森と平野の王子たちには丁度よいだろう」
 ラシャールはパジャン側の男たちを見回した。
 しぶしぶながら、彼らはうなずいた。
「エール側はどうなのだ?」
 ジルコンもエール側を見回し、口の方端をくっきりと引き上げて笑う。
「なにもペットを殺す趣味は俺たちにもない。いいな?」
 同意の声が方々であがる。
 彼らもエストが夜月を大層かわいがっていたことを知っているのだ。

 そうして、二手に分かれ、王子たちの狩りが始まったのである。
 


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