男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

その5、草原の男 ①

 狩りのチーム戦の勝利チームはエール側ではあったが、王からの賞品は諸事情を鑑みてどちらのチームにも与えられることになった。
 劇場の鑑賞券か料亭での食事券かの選択である。
 めいめい希望のものを選び、スクール担当官のユリアンから招待券を受け取っている。

 ラシャールは特に演劇に関心が高いわけではなかったが、アリシャンが演劇を見たいからついてきてくれとしきりに誘うので、劇場鑑賞券に決める。
 アリシャンは、その劇場で現在公演している美人の女優の大ファンだという。
 ラシャールはパンフレットを見せられても、どの顔も同じようだと思う。
 あの子はどちらを選んだのだろうか、と首を巡らせて鮮やかな金の髪を探した。
 だが、ラシャールがその姿を見つけるまえに、ジルコンと視線が合ってしまった。
 知らないふりをしてやり過ごそうとするがジルコンはくっきりと笑顔をつくってみせた。

 ラシャールもにこりと笑顔になる。
 エールの王子は靴音高々に近づいてくる。
 
「……先日は、エストとアンジュがたいそう世話になった。お礼が遅くなって申し訳ない」
「お礼は直接本人からいただきましたので、お気になさることはございません。ジルコン殿からも改めていただくのは過分になります」

 ラシャールは丁寧に返す。
 表向き彼らは友好である。
 良く見れば彼らの目は全く笑っていないのだが。
 彼らが話す時、双方の周囲がとたんにぴりぴりとし始め、何かあった場合の加勢に入ろうと集まってくるのだが。
 
「劇場のチケットを選んだのだな。あそこの演目はいつも評判になっているから、ラシャール殿も満足されるだろうと思う。もし鶏を生け捕るのではなくて狩っていたら、我らのチームは到底勝てず、鑑賞券も食事券も総取りできたというのに、もったいないことをしたな」

「蛮族といわれた昔と違い、ひとつの例外を除いては、野生動物しか狩らないことにしておりますので。飼われていた鶏は愛嬌があって、皆弓を射ることができなかったのです」
 ラシャールはその時のことを思い出したのか、含み笑いをする。
「なかなか、追いかけっこは楽しかったですよ」
「今でも狩る野生でないものとはなんなのだ?」
 ジルコンが興味をひかれたようで尋ねた。
 ラシャールは顔色を変えずに言う。
「大したものではございません。本当に例外にすぎないものなので……」
「何なのだ?」

 ジルコンが語気を強め、重ねて聞く。
 ラシャールが言いたくなさそうなので、ジルコンの視線は長身のアリシャンに向かった。
 アリシャンの口はラシャールよりも緩い。
 隠そうとすればするほど、いいたくなるものである。

「それは、女ですよ」
 アリシャンは声をひそめていう。
「女……」
「パジャンの風習では気に入った女は他部族であっても略奪して奪うのです。略奪婚がかつては一般的なものでして。強い者の血族ほど、多彩な血が混ざり、より強く美しく生まれつく可能性が高くなります。ですが、現在はほとんど形式的にしか残っておりませんし、その形式でさえも風前のともしびといいますか」

 ジルコンの傍にいたノルやバルドの顔色が変わっていく。
 彼らの間で空気がひりついた。
 アリシャンも自分が決定的な失言したことに気が付いた。
 ラシャールは口の中で小さく舌打ちをしてアリシャンを睨みつけた。
 平野と森の者たちは、容易に文化風土が違う者たちを蛮族とか低俗など決めつける悪習がある。
 そのような風習があったということも、匂わせたくない事柄のひとつだった。
 これから女性が失踪したりする事件が起これば、パジャンの仕業であると決めつける理由を与えたようなものだった。
 少なくともまず真っ先に疑われ、痛くもない腹をさぐられることになりそうである。

「我々世代はそのようなことは稀ですよ」
 ラシャールは重ねてさも何事もないかのように言う。
「奪いたいぐらい惚れた女か」

 ジルコンはつぶやいた。
 パジャンの風習の別の部分に興味が引かれたようである。
 そのくっきりした端麗な黒い目が、視線をラシャールからついっとそらした。
 その視線を追えば金色の髪の若者がいた。ラシャールも探していた姿である。
 ジルコンがアデールの王子を探すのは無意識なのかもしれなかった。
 
「草原の者たちの恋は激しいのだな。覚えておこう」
 ジルコンがいい、その場での会話はそれで終わったのである。


 その午後、ラシャールは王立劇場で演劇を見る。
 特別に用意された快適な席で隣のアリシャンは目を輝かせてくいいるように主演の女優に見入っていた。
 顔も良くてスタイルもいい。声も良く通る。
 スポットライトを浴びるべくして生まれたような美女である。
 彼女が様々な表情で声色で表現するのを見るのは、確かに眼福だとラシャールは思う。
 だが、ラシャールにとってはそれだけである。
 舞台の上と、現実との間には大きな断絶があり彼女はラシャールの人生にとってなんの影響も与えない女であった。

 物語は陳腐な恋愛物語だったが、観客たちはおおいに拍手と声援を送っていた。
 男二人の観劇はあまりない組み合わせだったようで、ラシャールたちは異国人という理由からだけでなく他の観客たちの視線を集めているようであった。
 それは舞台からもそうだったようで、舞台で子役で出演していたおかっぱの子供がラシャールに手紙を持ってくる。
 その手紙の主は、美人の主演女優、サーシャからである。

「サーシャですか!」
 胡散臭げだったアリシャンは喜色を浮かべる。
「なんて書いてある!くそっ、どうしてラシャールになんだよ」
 喜びながら悔しがっている。
 器用なヤツである。
 香水がふられた二つ折の手紙をひらくと、流れるような筆致が目に飛び込んできた。

「今、街で一番注目されているハンサムなパジャンの王子さま方。最後までご観劇くださいましてありがとうございます。感謝の念を伝えたく、また率直なご感想をお聞かせ願いたく、この後ぜひご一緒にお食事などいかがですか。場所は既に確保いたしました。お二人のよいお返事をお待ちしております。サーシャ。だそうだ」

「もちろん、行くだろ?」
 アリシャンはすっかりそのつもりになっていた。
 ラシャールは全く乗り気ではなく、あんな子供だましの劇に率直な感想など一生懸命演技しているであろう者たちに伝えるのは失礼ではないかと思えるのである。
 アリシャンはラシャールとは違う感想を抱いている。
「お前ひとりで行ったらいいだろ。わたしはデジャンを待たせているから」
 デジャンとはラシャールの護衛である。
「一対一だと舞い上がってしまって何を言ってしまうかわからないから、ラシャールも来てくれ!一生のお願いだから!それに手紙にだって、お二人の良い返事を待っていると書いてあっただろ。俺とお前ふたりじゃないと駄目なんだ!」

 ラシャールは小さくため息をついた。
「お誘いありがとう、我々はご招待に応じると伝えてくれ」
 伝言を受け、おかっぱの子供は駆け戻る。
 観劇に続いて、食事まで付き合うことになったのである。



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