男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

71、乱闘

 レオは授業が終わりアデールの王子が動くのを見る。
 ジルコンの取り巻きたちは顔を見合わせそそくさと教室をでていく。ウォラスも別の扉から一度教室を見てから後を追いかけた。
 アデールの王子はラシャールをちらと見て、だが何も言わずに部屋を出た。
 途中友人に話しかけられて足止めをとめるが、そう長くはとどまっていない。

「どうするのよ。行ってしまったわ」
「どうするって。確かなのはラシャールに確認すれば、彼があの手紙の主かどうかわかる」

 それはそうなのだが、レオがラシャールに話しかけたことなどない。
 レオはくじけそうになる。
 何を言い出すんだという顔をされるだろう。
 まともに話を取り合ってくれないかもしれない。

 気が付かないふりをするのは簡単だった。このままベラの言うことを無視し、黙っていればいい。
 今までの生き方は、あたりさわりのない方を選んできたような気がする。
 自分は何のためにここにきているのか。
 誰かの影になり目立たず波風立てない自分を変わりたいと思ってきたのではなかったか。
 すべては自分の聞き、見て、推測したことがベースになっている。
 間違えれば、ベラがそしられるのではない。
 アデールの王子をウォラスをはじめ取り巻きたちが呼びだして貶めようとしているかもしれない。
 そのことはすべてレオの勘違いからきたから騒ぎである。

 ベラが生唾を飲みこむ音が聞こえる。
 ベラはレオの決断を待っていた。
 勇気があるという点ではベラは素晴らしい。
 彼女はどんどん変化している。
 どんなに馬鹿にされてもみっともなくても、彼女はへこたれなかった。
 では、自分は?
 馬小屋の隅で小さく縮こまっていた自分は、あれから全くかわっていないのではないか?
 朝練も、ベラの勇気に便乗しただけだったのではないか?

「そう、それだとはっきりするわね!見間違いだったとしても本当ひどいことでなくてよかったと思うことにしましょう」

 ああ、いま決断をするときなのだ、とレオは悟った。
 今までの自分と。たとえ、自分の完全な勘違いで、結果、非難されることになっても。
 レオは立ち上がった。
 ラシャールは教室の端にいる。アリシャンと一緒である。
 アリシャンに、なんだよ、おまえ、というような顔をされる。
 レオはくじけかけた。眼鏡の奥の目が泳ぐ。

「ら、ラシャール、いえ、その……」
「聞いてください!ラシャール!」
 ベラの声で教室に残っていた者たちが振り返ったのだった。


※※※


 ロゼリアはキスされてからの事をよく覚えていない。
 バルトに羽交い締めされたまま、目の前で暴力が行われていた。
 襲う側が、襲われる側へ。
 ロゼリアを裸にしようとしていたウォラスが、ノルとラドーとフィンに囲まれ小突かれ、殴られ、蹴られていた。
 何かの拍子で、嵐の向きが180度変化する。
 目前で行われる暴力に、ロゼリアは呆然と見ていた。

 だが、すぐに別の波がくる。
 ラシャールがパジャン側の友人たちを複数名を連れて駆けつけた。
 そのなかにレオもいる。
 胸元をはだけさせ、羽交い締めにあっているロゼリアを見たラシャールは逆上する。
 ラシャールはバルドに向かい、アリシャンはウォラスをノル達から引き離そうとうするが、ラドーの蹴りがアリシャンに入る。たちまちノル達は駆け付けた五名に囲まれた。

 パジャンのすぐ後には別の一群がいる。
 ジルコンたちである。彼らも駆けつけるが、草原の男たちの走りには追い付けなかった。
 ジルコンたちは、パジャン派が、エール派のノルやラドーに拳を振るっていることに激怒し飛びかかった!
 エール派とパジャン派が入り乱れた大乱闘になる。
 彼らは、もともと風習も文化も違う。
 大事にしている価値観も違う。
 うわべを取り繕い友好を演出はしていたが、端々に気に食わないことも多い。
 だが、自分たちの世代は、親世代がそれぞれの大地で犯した力でものを言わせる時代を経て、自分たちはそのようなことにならないように集ったのだ。
 気に入らないからといって、対話をわすれることはなかった。
 だが、実際には、友が傷つけられているのをみれば、怒りが沸く。
 彼らをこれ以上好き勝手させないために、力には力で押さえつけなければ気が済まなかった。

 既に最初のロゼリア救出の目的も忘れて、彼らは混ざり合えぬもの同士、どちらが強いかをわからせるために、いずれ拳と拳でぶつかりあうのは必定だったのかもしれない。

「……大丈夫か?」

 顔を殴られて目の上を腫らしたウォラスが、しゃがみ込むロゼリアの手を引き、安全そうな森側へ移動した。
 腰を落ち着けると、ロゼリアの上着のボタンを今度は下からとめていく。
 ロゼリアを羽交い締めをしていたバルトは喧嘩の輪に飛び込んでいる。

「なんとまあ、すごいことになっているな。あいつら、いつもは取り澄ました王子さまたちなのに、一皮むけばこんなもんさ」
 ウォラスはロゼリアの横にすわりこんだ。ロゼリアに向けた皮肉な笑みは、肩の痛みで歪む。
 ウォラスの肩は引っ張られ脱臼をしている。

「……ここまで乱闘にする必要があったの?」
「さあ。君への凌辱をやめれば彼らの発散しそこねたフラストレーションが自分に向かってくるかもとは思ったけどね。皆、普段から何やらたまっているのだろう。アン、呼び出して、怖い思いをさせて、無理やりキスして本当に悪かった」
 ロゼリアがそれを許すかどうかはともかくとして、二人は泉の縁で、腰を落しその成り行きを見守るしかなかった。



 
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