男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
その時彼らの頭上から、煮えたぎった熱を冷ます雨が降り注がれた。
「うわあ!なんだ!」
仰天した若者たちは顔にかかった飛沫を拭う。
彼らは振り返った。泉を背景に、バケツを手にした眼鏡のレオがいる。
彼らが呆気にとられる中、再びバシャバシャと泉に入り、さらに汲み、彼らの上にぶちまけた。
レオだとわかり、再び喧嘩の相手に向き直ってこぶしを握ろうとするところに、もう一杯。
頭に顔に全身に浴びた水の冷たさに、彼らの熱はとうとう蒸発した。
「あんたらなにやってんだよ!暴力に訴えるなんて、頭の良さげな振りをして、おまえらバカばかりか?
エール対パジャンなら、大人のやっていることと同じゃないか!」
レオは怒鳴った。
人生でこんなに大きな声を出したことはない。
状況は最悪だった。これ以上喧嘩が続けば、誰かがひどい怪我をする。
「おい、冷静になって周りを良くみてみろよ!アデールの王子は無事に救出できた。彼を呼び出した、ノル、フィン、バルト、ラドーなんかは、そこらで伸びている!お前たちが喧嘩しているのは、エール派とパジャン派の無関係な奴らだ!ジルコン王子とラシャール王子が拳を付き合わせる必要はあるとは思えない!あとは、アンジュをLの名で呼びだした首謀者のウォラスにどうしてこうなったのか、聞きたいところ!」
レオに言われ、あちこち繰り広げられていた喧嘩の、相手を掴みかかり、かかられた形で動きをとめる。
全員の視線がウォラスに集中した。
「えっと、ごめん?こんなことになるなんて思っても見なかったんだ。ちょっとしたからかいの延長で……」
ロゼリアに向く。
「俺の遊びにつき合わせて本当にすまない!」
ジルコンはロゼリアに駆け寄って腕を脇にはさみ立ち上がらせる。
彼の顔も腫れ口の端に血がにじむ。
袖は肩口から割けていた。
「大丈夫か?」
ロゼリアは、乱闘の末の若者たちを見た。
無キズのものはいない。
「僕はどうも皆より無傷なよう。ラシャールも、ジルコンも、僕のことで駆け付けてくれたんでしょう?その後の喧嘩はよくわからないけど、僕を助けに来てくれてありがとう」
彼らは何派も関係なく、近くにいた夏スクールのメンバーと顔を見合わせた。
彼らのいつもの品の良さげな取り澄ました様子は剥がれ落ち、ぬれ鼠で、素の顔で、傷ついていて、情けなくて、そして可笑しかった。
彼らはお互いを怪我を確かめあいながら起こし合った。
落ち着けば、彼らは同じ目的のために集った同年代の友人たちだった。
そして、今日わかったことだが、喧嘩もなかなかやるやつらだった。
身体能力はパジャンが上だとしても、エールは何度も向かってくるガッツがある。
そして状況をたいして確認もせず喧嘩を始める馬鹿者たちの集団であった。
「すまなかった」
「てっきり、パジャンがエールに喧嘩を売っているのかと……」
「いやこちらこそ、」
「おまえ、強いな!」
ひとしきり互いを健闘し、負傷を確認し合う。
そして、まだバケツをもったままのレオを見た。
彼のとっさの判断でこの喧嘩を止めることができたのだ。
もう少し続いたら、重傷者がでてもおかしくない状況であったことはここにいる全ての者が理解している。
「知らせてくれてありがとう!レオ!」
ラシャールが言った。
興奮の醒めない草原の男の緑の目は、レオに感謝し、男として認めている目だった。
ラシャールもジルコンと同じように口の端を切っている。
「レオ、なかなかやるな。よく状況を見ているな。喧嘩の熱を冷ましてくれてありがとう。あの暴力の渦に巻き込まれなかったのはレオだけだった」
ジルコンがレオに言う。晴れ渡る空よりも青い目は、レオの上にしばしとどまり感謝の意をレオに伝えた。
ジルコンとラシャールは、和解の抱擁を交わした。
喧嘩の原因はともかく、彼らはそれぞれに強い。
エールとパジャンの間に引かれていた何かが、崩れさった瞬間だった。
後からきたベラがその手を開くまで、レオはバケツを握りしめていた。
「レオ!あんたを、心底見直したわ!こんなに誰かのことをすごいと思ったことはないわ!」
ベラが言ったその瞬間、レオは自分の中で何か厚くて固い殻が粉々に砕けていくのを感じる。
胸に押し込めていた小さなものが外界へ向かってほとばしる。
ずっと出口を求めて自分の身体の内側で燻っていた、生きていることの喜び。
自信といったもの。
「僕はいつも臆病で優柔不断で地味なんだ……」
「あはは!レオ、もう、その冗談はやめてね!」
レオは初めてベラを見た気がした。
彼女は女ながらに勇敢で、彼女がいなければ自分は相変わらずぐずぐずしていたと思う。
彼女は自分の憧れるものをすべて持っていた。
そばかすが散らばる顔も、ふっくらした体も、がむしゃらに頑張ることも、全てが魅力的だった。
なにより、ベラはレオのことを信じてくれる。
ベラが自分を見て自分の名前を大きな声で呼ぶ度に、レオは世界が色鮮やかになっていくような気がしたのだった。
「うわあ!なんだ!」
仰天した若者たちは顔にかかった飛沫を拭う。
彼らは振り返った。泉を背景に、バケツを手にした眼鏡のレオがいる。
彼らが呆気にとられる中、再びバシャバシャと泉に入り、さらに汲み、彼らの上にぶちまけた。
レオだとわかり、再び喧嘩の相手に向き直ってこぶしを握ろうとするところに、もう一杯。
頭に顔に全身に浴びた水の冷たさに、彼らの熱はとうとう蒸発した。
「あんたらなにやってんだよ!暴力に訴えるなんて、頭の良さげな振りをして、おまえらバカばかりか?
エール対パジャンなら、大人のやっていることと同じゃないか!」
レオは怒鳴った。
人生でこんなに大きな声を出したことはない。
状況は最悪だった。これ以上喧嘩が続けば、誰かがひどい怪我をする。
「おい、冷静になって周りを良くみてみろよ!アデールの王子は無事に救出できた。彼を呼び出した、ノル、フィン、バルト、ラドーなんかは、そこらで伸びている!お前たちが喧嘩しているのは、エール派とパジャン派の無関係な奴らだ!ジルコン王子とラシャール王子が拳を付き合わせる必要はあるとは思えない!あとは、アンジュをLの名で呼びだした首謀者のウォラスにどうしてこうなったのか、聞きたいところ!」
レオに言われ、あちこち繰り広げられていた喧嘩の、相手を掴みかかり、かかられた形で動きをとめる。
全員の視線がウォラスに集中した。
「えっと、ごめん?こんなことになるなんて思っても見なかったんだ。ちょっとしたからかいの延長で……」
ロゼリアに向く。
「俺の遊びにつき合わせて本当にすまない!」
ジルコンはロゼリアに駆け寄って腕を脇にはさみ立ち上がらせる。
彼の顔も腫れ口の端に血がにじむ。
袖は肩口から割けていた。
「大丈夫か?」
ロゼリアは、乱闘の末の若者たちを見た。
無キズのものはいない。
「僕はどうも皆より無傷なよう。ラシャールも、ジルコンも、僕のことで駆け付けてくれたんでしょう?その後の喧嘩はよくわからないけど、僕を助けに来てくれてありがとう」
彼らは何派も関係なく、近くにいた夏スクールのメンバーと顔を見合わせた。
彼らのいつもの品の良さげな取り澄ました様子は剥がれ落ち、ぬれ鼠で、素の顔で、傷ついていて、情けなくて、そして可笑しかった。
彼らはお互いを怪我を確かめあいながら起こし合った。
落ち着けば、彼らは同じ目的のために集った同年代の友人たちだった。
そして、今日わかったことだが、喧嘩もなかなかやるやつらだった。
身体能力はパジャンが上だとしても、エールは何度も向かってくるガッツがある。
そして状況をたいして確認もせず喧嘩を始める馬鹿者たちの集団であった。
「すまなかった」
「てっきり、パジャンがエールに喧嘩を売っているのかと……」
「いやこちらこそ、」
「おまえ、強いな!」
ひとしきり互いを健闘し、負傷を確認し合う。
そして、まだバケツをもったままのレオを見た。
彼のとっさの判断でこの喧嘩を止めることができたのだ。
もう少し続いたら、重傷者がでてもおかしくない状況であったことはここにいる全ての者が理解している。
「知らせてくれてありがとう!レオ!」
ラシャールが言った。
興奮の醒めない草原の男の緑の目は、レオに感謝し、男として認めている目だった。
ラシャールもジルコンと同じように口の端を切っている。
「レオ、なかなかやるな。よく状況を見ているな。喧嘩の熱を冷ましてくれてありがとう。あの暴力の渦に巻き込まれなかったのはレオだけだった」
ジルコンがレオに言う。晴れ渡る空よりも青い目は、レオの上にしばしとどまり感謝の意をレオに伝えた。
ジルコンとラシャールは、和解の抱擁を交わした。
喧嘩の原因はともかく、彼らはそれぞれに強い。
エールとパジャンの間に引かれていた何かが、崩れさった瞬間だった。
後からきたベラがその手を開くまで、レオはバケツを握りしめていた。
「レオ!あんたを、心底見直したわ!こんなに誰かのことをすごいと思ったことはないわ!」
ベラが言ったその瞬間、レオは自分の中で何か厚くて固い殻が粉々に砕けていくのを感じる。
胸に押し込めていた小さなものが外界へ向かってほとばしる。
ずっと出口を求めて自分の身体の内側で燻っていた、生きていることの喜び。
自信といったもの。
「僕はいつも臆病で優柔不断で地味なんだ……」
「あはは!レオ、もう、その冗談はやめてね!」
レオは初めてベラを見た気がした。
彼女は女ながらに勇敢で、彼女がいなければ自分は相変わらずぐずぐずしていたと思う。
彼女は自分の憧れるものをすべて持っていた。
そばかすが散らばる顔も、ふっくらした体も、がむしゃらに頑張ることも、全てが魅力的だった。
なにより、ベラはレオのことを信じてくれる。
ベラが自分を見て自分の名前を大きな声で呼ぶ度に、レオは世界が色鮮やかになっていくような気がしたのだった。