男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
78、繭の中 ①
夏スクール生が寮としている建屋は、王宮と中庭を挟んだ奥である。
その建屋の正面に鬱蒼とせまる森の存在に、アンジュとサララは顔を見合わせた。
ロゼリアが驚いたように、エールの心臓部である王宮と森がまるで一続きのようにつながっていることに驚いたのだ。
それは、この大都会を裾野に広げるエールの不思議であり、鎮守の森と呼ばれているところからも、エールの民や王族や信仰と深く結びついたものであることに違いなかった。
先頭には案内役の事務官のスアレスが歩く。
二人は外套を手に石づくりの廊下を歩く。
すれ違う王子たちは、はじめは新しい女官か何かかと思ったのか気のない視線をむけた。そして、外套を手にした娘の豪奢な金髪に釘付けになる。さらに、その顔立ちを確認して目をみはることになるのだった。
「スアレス、こちらの方をご紹介していただけないのですか?アンジュ殿とゆかりのあるお方だとお見受けいたしますが」
そう柔らかく話かけた若者がいる。
異国の浅黒い肌。アンジュよりも背が高い。
わずかに発音が違うその言葉は、風をはらんで耳元を吹き抜けていくようだ。
緑の目は思慮深さをにじませている。
「ラシャール殿。ご紹介いたしましょう。こちらはアデールのロゼリア姫とアンジュ殿の婚約者のサララ殿でございます。ロゼリア殿、こちらはパジャンの……」
緑の目は三呼吸分以上、アンジュの顔にとどまった。
アンジュが居心地が悪くなるぐらいに。
背後のサララが警戒し身を固くする気配。
アンジュもその視線の意味をはかりかねて緊張する。
「アンジュ殿の部屋に向かわれているのでしたら、わたしがそちらに行くのでついででよろしければご案内いたします」
そうスアレスにいいつつ、アンジュから目を離さない。
スアレスはラシャールに案内する役目をすんなりと譲る。
ラシャールは運営側から信頼されているようである。
「ロゼリア姫、ようやくお目にかかれました。このようなところでお会いするとは思いませんでした。歩きながら話す不作法をお赦しください。もう、ご婚約者のジルコン殿にお会いになられましたか……?」
「いいえ。まず兄の様子を確認しようと思います。それからあらためて席を設けていただいてご挨拶をと思っております」
「そうでしたか。わたしならば、婚約者殿がはるばる来られたとなったら、飛んでお迎えにいくところですが」
ラシャールは案内する。
アンジュは、パジャンの王子は自分の結婚の申し込みを断ったアデールの姫がどういう人物なのか直接話してみたいと思ったようだと思う。
軽くサララがアンジュの袖を引く。
発言に気を付けて、ということだった。
できるだけ深窓の姫らしく、言葉数少なめに返事をする。
ここは敵地だった。ロゼリアがどのような暴行をうけたのかちゃんと聞いていない。
怪我はないということだが、あの元気なロゼリアが七日も部屋に籠っているのは尋常ではない。
なにかあったことは確実だった。
アンジュに向ける多くの視線のなかに、ロゼリアの秘密を暴いた者たちがいるかもしれないのだ。
そう思うと血の気が引いていく。
もしかして彼らは、ロゼリアから双子の秘密を聞き出しているかもしれなかった。
ならば、自分は女装している王子だということが知られているのではないか。彼らは陰で知っていて、女装の自分を嘲笑っているのかもしれない。そう思うと底知れぬ恐怖を感じた。同じようなことをもしかしてロゼリアも日々感じていたのかもしれない。
「アンジュ殿は、ロゼリア姫が来られるのを待っているのだと思いますよ。わたしに何か聞きたいことがあれば、わたしの知る限りのことをお話しいたします。こちらにご滞在するのであれば、ジルコン殿が気にされない程度でいろいろとご案内もいたしますよ」
開かない扉の前で、ラシャールは二人を残して颯爽とゆく。
その歩き方から隠しきれない身体能力を見てしまう。
二人を案内をするときは歩調を調整していたようだった。
「ロゼリアさま、あなたの婚約者はジルコンさまなのですから。そのようなあからさまな視線はどうかと」
ラシャールに何かを感じてその背中を追うアンジュに、サララがこそっという。
「サララ、わたしの婚約者はあなたですよ」
アンジュもこそっと言い返したのである。
そうして、アンジュとサララはロゼリアの元にたどり着いたのであった。
「アン、ロズよ!はるばるやって来たわ。だから、どうか扉を開けて……」
アンジュとサララは開かない扉を叩く。
返事がなかった。
さらに強く叩こうかとアンジュが拳を握り直したとき、開かないはずの扉は勢いよく開いた。
中から頬をピンクに上気させたロゼリアがにょきりと顔をだした。
アンジュとサララは驚愕する。
握りこぶしをつくったまま思わずのけぞったアンジュを、手がのびてむんずと掴み、部屋の中へ文字通り引きずり込んだ。あんぐりと口を開けたままのサララも引きずり込む。
「わお。ビックリしたわ。二人がここに来るなんて!きっとフォルス王が気をきかせてくれたのね。ここは女子禁制なのに、アンジュもサララも入れたのね」
「外聞的には、ロゼリアとサララが入れたことが禁を破っていて、男の僕はまったく問題がない」
そういうアンジュは髪を結い上げた女装である。
部屋の中の様子は、アンジュの想像と全く違っていた。
その建屋の正面に鬱蒼とせまる森の存在に、アンジュとサララは顔を見合わせた。
ロゼリアが驚いたように、エールの心臓部である王宮と森がまるで一続きのようにつながっていることに驚いたのだ。
それは、この大都会を裾野に広げるエールの不思議であり、鎮守の森と呼ばれているところからも、エールの民や王族や信仰と深く結びついたものであることに違いなかった。
先頭には案内役の事務官のスアレスが歩く。
二人は外套を手に石づくりの廊下を歩く。
すれ違う王子たちは、はじめは新しい女官か何かかと思ったのか気のない視線をむけた。そして、外套を手にした娘の豪奢な金髪に釘付けになる。さらに、その顔立ちを確認して目をみはることになるのだった。
「スアレス、こちらの方をご紹介していただけないのですか?アンジュ殿とゆかりのあるお方だとお見受けいたしますが」
そう柔らかく話かけた若者がいる。
異国の浅黒い肌。アンジュよりも背が高い。
わずかに発音が違うその言葉は、風をはらんで耳元を吹き抜けていくようだ。
緑の目は思慮深さをにじませている。
「ラシャール殿。ご紹介いたしましょう。こちらはアデールのロゼリア姫とアンジュ殿の婚約者のサララ殿でございます。ロゼリア殿、こちらはパジャンの……」
緑の目は三呼吸分以上、アンジュの顔にとどまった。
アンジュが居心地が悪くなるぐらいに。
背後のサララが警戒し身を固くする気配。
アンジュもその視線の意味をはかりかねて緊張する。
「アンジュ殿の部屋に向かわれているのでしたら、わたしがそちらに行くのでついででよろしければご案内いたします」
そうスアレスにいいつつ、アンジュから目を離さない。
スアレスはラシャールに案内する役目をすんなりと譲る。
ラシャールは運営側から信頼されているようである。
「ロゼリア姫、ようやくお目にかかれました。このようなところでお会いするとは思いませんでした。歩きながら話す不作法をお赦しください。もう、ご婚約者のジルコン殿にお会いになられましたか……?」
「いいえ。まず兄の様子を確認しようと思います。それからあらためて席を設けていただいてご挨拶をと思っております」
「そうでしたか。わたしならば、婚約者殿がはるばる来られたとなったら、飛んでお迎えにいくところですが」
ラシャールは案内する。
アンジュは、パジャンの王子は自分の結婚の申し込みを断ったアデールの姫がどういう人物なのか直接話してみたいと思ったようだと思う。
軽くサララがアンジュの袖を引く。
発言に気を付けて、ということだった。
できるだけ深窓の姫らしく、言葉数少なめに返事をする。
ここは敵地だった。ロゼリアがどのような暴行をうけたのかちゃんと聞いていない。
怪我はないということだが、あの元気なロゼリアが七日も部屋に籠っているのは尋常ではない。
なにかあったことは確実だった。
アンジュに向ける多くの視線のなかに、ロゼリアの秘密を暴いた者たちがいるかもしれないのだ。
そう思うと血の気が引いていく。
もしかして彼らは、ロゼリアから双子の秘密を聞き出しているかもしれなかった。
ならば、自分は女装している王子だということが知られているのではないか。彼らは陰で知っていて、女装の自分を嘲笑っているのかもしれない。そう思うと底知れぬ恐怖を感じた。同じようなことをもしかしてロゼリアも日々感じていたのかもしれない。
「アンジュ殿は、ロゼリア姫が来られるのを待っているのだと思いますよ。わたしに何か聞きたいことがあれば、わたしの知る限りのことをお話しいたします。こちらにご滞在するのであれば、ジルコン殿が気にされない程度でいろいろとご案内もいたしますよ」
開かない扉の前で、ラシャールは二人を残して颯爽とゆく。
その歩き方から隠しきれない身体能力を見てしまう。
二人を案内をするときは歩調を調整していたようだった。
「ロゼリアさま、あなたの婚約者はジルコンさまなのですから。そのようなあからさまな視線はどうかと」
ラシャールに何かを感じてその背中を追うアンジュに、サララがこそっという。
「サララ、わたしの婚約者はあなたですよ」
アンジュもこそっと言い返したのである。
そうして、アンジュとサララはロゼリアの元にたどり着いたのであった。
「アン、ロズよ!はるばるやって来たわ。だから、どうか扉を開けて……」
アンジュとサララは開かない扉を叩く。
返事がなかった。
さらに強く叩こうかとアンジュが拳を握り直したとき、開かないはずの扉は勢いよく開いた。
中から頬をピンクに上気させたロゼリアがにょきりと顔をだした。
アンジュとサララは驚愕する。
握りこぶしをつくったまま思わずのけぞったアンジュを、手がのびてむんずと掴み、部屋の中へ文字通り引きずり込んだ。あんぐりと口を開けたままのサララも引きずり込む。
「わお。ビックリしたわ。二人がここに来るなんて!きっとフォルス王が気をきかせてくれたのね。ここは女子禁制なのに、アンジュもサララも入れたのね」
「外聞的には、ロゼリアとサララが入れたことが禁を破っていて、男の僕はまったく問題がない」
そういうアンジュは髪を結い上げた女装である。
部屋の中の様子は、アンジュの想像と全く違っていた。