男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
アンジュの予想していた光景は、足の踏み場もないほど服や物が散乱し、動物的な匂いが染みつく薄暗い部屋で、湿気たベッドに無気力のロゼリアが体を横たえているというようなものである。
入った部屋は完全にアンジュの予想を裏切っていた。
ベランダに続く大きな窓は全開である。外光と新鮮な空気を一杯に引き込んでいる。鳥のさえずりも聞こえてくる。
小さな部屋は想像通りだが、部屋の中はすっきりと片付けられ、ベッドのシーツはロゼリアの手で整えられていた。
「何をしてたんだよ」
「体を動かしていたのよ。部屋に閉じこもってばかりじゃおかしくなるわ!」
「体を動かすって、体操……」
「それ以外に何があるのよ。人は動物なんだから動かさなきゃ、衰えてしまうでしょう」
そういいながら、蹴りを入れる。アンジュの耳元でパンツの裾が風をきりシュっとなる。
ロゼリアがはいているのは、裾に向かって広がり足首のところで絞る、珍しいタイプのパンツである。
薄手のシルク素材。パンツだけでなく、上もシルクである。
つんと張った胸元が弾んでゆれる。
いつも固く一つ後ろで三つ編みをしていた髪は、ふんわりと柔らかく片側に結ばれていた。
「このパンツ、いいでしょう?パジャン風よ。シリルに作ってもらったの。騎馬民族は女も普段からパンツスタイルなのよ。えっと、シリルというのは街の仕立て屋さんで家族で商売をしていて、ほとんどわたしの服をつくってもらっているのよ。アンジュもサララもお願いするといいわ」
「ロゼリア……」
「元気にしていて驚いた?ごめんなさい。もう話は聞いたわよね。ショックを受けたのは確かなんだけど、もう立ち直っているのよ。だけど、外にでるタイミングを計りかねていて。アンジュが来てくれて本当に嬉しいわ。どうやってあなたに連絡をとろうかと思っていたところなの。今日来てくれたということは、かなり早い段階で連絡を入れてくれたようね。さすが、フォルス王だわ。それで……」
アンジュとサララは、元気そうなロゼリアに絶句である。久々の会話にロゼリアは止まりそうもない。
「いや、そんなことよりも何よりも……」
アンジュは遮った。
「ロゼリア、一体どういうことなんだよ。ロゼリアがロゼリアに戻っている!」
あははっとロゼリアは快活に笑う。
「もともとわたしはロゼリアよ。あなたがどんなに美しく装ったとしてもその服の下はアンジュであるように」
そういうとロゼリアはアンジュの前に立つ。
二人は互いを見つめ合った。
アンジュは薄着でも化粧をしなくても、匂いたつように美しい妹を見た。
こうして数か月振りに向かい合ってみれば、ロゼリアの目線はアンジュよりわずかに低い。その頬も唇もやわらかで、キスを誘うようだ。胸はアンジュが知るよりも膨らんでいるようだった。
全開の窓から風がはいり、窓を背にするロゼリアの全身をくっきりとすかしてみせた。
ウエストは細く腰は張り、腿はふっくら。膝から下は細くて長い。
アンジュは手の平をロゼリアに向けてのろのろと差し出した。
アンジュの指は白く細くてしなやか。手入れの行き届いた爪は美しい。
ロゼリアは無言でアンジュの手のひらに手のひらを合わせてくる。
それは双子が、男女を入れ変わるときの儀式のようなもの。
互いがまるで同じことを確認する儀式だった。
だが、みるからに女だと思っていたアンジュの指は、ロゼリアの手より節ばっていた。
長さもほんの数ミリ長い。ロゼリアというと、何の手入れもされていない手だったけれど、しっとりと湿ってアンジュの手のひらに吸い付いた。
不意にアンジュは自分が女の格好をしていても、ロゼリアが全く似ていないことに気が付いた。
ささいな違いは、手だけでなく、眉に、耳に、眼に、唇に、肩に、すべてに渡って生じていた。アンジュはロゼリアの成長を追い越していた。
服を脱いで二人が向き合えば、その違いはさらに明確になるだろう。
キスをしても自分で自分自身にキスをするような感覚にはならないであろう。アンジュとロゼリアは今や別個の人間だった。
かつて二つで同じものだったものは、男と女として分離してしまった。
ごくりとアンジュは唾を飲み込んだ。
無言でロゼリアはアンジュにその決意を伝えてきていた。
互いの考えがわからない双子ではない。
アンジュにも決意を迫っていた。
ロゼリアは口を開いた。
だが、その言葉が発っするまえに、横からサララがロゼリアに抱きついてきた。
二人の繋がりは分断される。
「ロゼリアさま!無事で良かった!いてもたってもいられず、わたしも来てしまいました!ここで事件があったことをきいた時はショックで心臓が止まるかと思いました!」
「サララ……」
ロゼリアは少し困って、アンジュを見た。
サララを引き離そうとしてもはなれない。
ロゼリアの手がアンジュからはなれ、サララを抱く。
「そのまま、安心させてやれよ。僕も安心したよ」
ため息とともにアンジュは言い、ベッドに腰を落とした。
ロゼリアはサララにしがみつかれながら、泣きたいだけ泣かしてあげたのだった。
入った部屋は完全にアンジュの予想を裏切っていた。
ベランダに続く大きな窓は全開である。外光と新鮮な空気を一杯に引き込んでいる。鳥のさえずりも聞こえてくる。
小さな部屋は想像通りだが、部屋の中はすっきりと片付けられ、ベッドのシーツはロゼリアの手で整えられていた。
「何をしてたんだよ」
「体を動かしていたのよ。部屋に閉じこもってばかりじゃおかしくなるわ!」
「体を動かすって、体操……」
「それ以外に何があるのよ。人は動物なんだから動かさなきゃ、衰えてしまうでしょう」
そういいながら、蹴りを入れる。アンジュの耳元でパンツの裾が風をきりシュっとなる。
ロゼリアがはいているのは、裾に向かって広がり足首のところで絞る、珍しいタイプのパンツである。
薄手のシルク素材。パンツだけでなく、上もシルクである。
つんと張った胸元が弾んでゆれる。
いつも固く一つ後ろで三つ編みをしていた髪は、ふんわりと柔らかく片側に結ばれていた。
「このパンツ、いいでしょう?パジャン風よ。シリルに作ってもらったの。騎馬民族は女も普段からパンツスタイルなのよ。えっと、シリルというのは街の仕立て屋さんで家族で商売をしていて、ほとんどわたしの服をつくってもらっているのよ。アンジュもサララもお願いするといいわ」
「ロゼリア……」
「元気にしていて驚いた?ごめんなさい。もう話は聞いたわよね。ショックを受けたのは確かなんだけど、もう立ち直っているのよ。だけど、外にでるタイミングを計りかねていて。アンジュが来てくれて本当に嬉しいわ。どうやってあなたに連絡をとろうかと思っていたところなの。今日来てくれたということは、かなり早い段階で連絡を入れてくれたようね。さすが、フォルス王だわ。それで……」
アンジュとサララは、元気そうなロゼリアに絶句である。久々の会話にロゼリアは止まりそうもない。
「いや、そんなことよりも何よりも……」
アンジュは遮った。
「ロゼリア、一体どういうことなんだよ。ロゼリアがロゼリアに戻っている!」
あははっとロゼリアは快活に笑う。
「もともとわたしはロゼリアよ。あなたがどんなに美しく装ったとしてもその服の下はアンジュであるように」
そういうとロゼリアはアンジュの前に立つ。
二人は互いを見つめ合った。
アンジュは薄着でも化粧をしなくても、匂いたつように美しい妹を見た。
こうして数か月振りに向かい合ってみれば、ロゼリアの目線はアンジュよりわずかに低い。その頬も唇もやわらかで、キスを誘うようだ。胸はアンジュが知るよりも膨らんでいるようだった。
全開の窓から風がはいり、窓を背にするロゼリアの全身をくっきりとすかしてみせた。
ウエストは細く腰は張り、腿はふっくら。膝から下は細くて長い。
アンジュは手の平をロゼリアに向けてのろのろと差し出した。
アンジュの指は白く細くてしなやか。手入れの行き届いた爪は美しい。
ロゼリアは無言でアンジュの手のひらに手のひらを合わせてくる。
それは双子が、男女を入れ変わるときの儀式のようなもの。
互いがまるで同じことを確認する儀式だった。
だが、みるからに女だと思っていたアンジュの指は、ロゼリアの手より節ばっていた。
長さもほんの数ミリ長い。ロゼリアというと、何の手入れもされていない手だったけれど、しっとりと湿ってアンジュの手のひらに吸い付いた。
不意にアンジュは自分が女の格好をしていても、ロゼリアが全く似ていないことに気が付いた。
ささいな違いは、手だけでなく、眉に、耳に、眼に、唇に、肩に、すべてに渡って生じていた。アンジュはロゼリアの成長を追い越していた。
服を脱いで二人が向き合えば、その違いはさらに明確になるだろう。
キスをしても自分で自分自身にキスをするような感覚にはならないであろう。アンジュとロゼリアは今や別個の人間だった。
かつて二つで同じものだったものは、男と女として分離してしまった。
ごくりとアンジュは唾を飲み込んだ。
無言でロゼリアはアンジュにその決意を伝えてきていた。
互いの考えがわからない双子ではない。
アンジュにも決意を迫っていた。
ロゼリアは口を開いた。
だが、その言葉が発っするまえに、横からサララがロゼリアに抱きついてきた。
二人の繋がりは分断される。
「ロゼリアさま!無事で良かった!いてもたってもいられず、わたしも来てしまいました!ここで事件があったことをきいた時はショックで心臓が止まるかと思いました!」
「サララ……」
ロゼリアは少し困って、アンジュを見た。
サララを引き離そうとしてもはなれない。
ロゼリアの手がアンジュからはなれ、サララを抱く。
「そのまま、安心させてやれよ。僕も安心したよ」
ため息とともにアンジュは言い、ベッドに腰を落とした。
ロゼリアはサララにしがみつかれながら、泣きたいだけ泣かしてあげたのだった。