男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
アンジュはその声に、以前アデールの王城で感じたときのような傲慢な様子がうかがえないことに驚いた。
ロゼリアは怯えたように肩を強く抱き、絶対に扉をあけてくれるな、と首を振る。
もちろんアンジュもサララも一ミリたりとも開けるつもりはない。
扉が強引に開かれる気配があれば体を張って押しとどめるつもりである。
「妹姫が来られてあなたの気持ちが晴れて、少しでも明るくなればいいと望んでいる。この前のことは愚かな行いをしてしまったと悔やんでいる。暴力の興奮にあおられてどうかしていたんだ。心からお詫びをする。傷ついて弱ったあなたになおも俺は追い打ちをかけるようなことをしてしまった。本当に心底申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。アン、わかって欲しい。俺はあなたの妹と婚約している。あなたに惹かれる気持ちは隠しようがないけれど、こんな状態で先に進むことはできないんだ……」
息を潜めていたアンジュとサララは驚愕する。
ロゼリアを見れば、ロゼリアの目には既に涙で潤み、口元は悲しみに歪んでいた。
先程ロゼリアが説明したよりも、状況はよりもつれて深刻だった。
「明日はスクールも休みだ。せっかく、あなたの妹も来てくれているのだから、気分転換に劇場へ観劇にでもいかないか?それもお忍びで、王子や姫としてではなく、仲のよい友人として。ロゼリア姫も幼い頃はお転婆だった。彼女もよろこんでくれると思う。婚約しているとはいえ、幼い頃に一度交流があったこと以外はお互いのことが良くわかっていないところもある。あなたは、兄として、義兄として、間にはいってもらえないだろうか。婚姻がなされれば、あなたとは姻戚関係で結ばれることになるのだから」
ためらいがちに紡がれる言葉。
ジルコンは少し押し黙った。
アンジュもサララもロゼリアを見る。
ロゼリアは首を振り続けるだけである。
ジルコンはロゼリアからの返事を待つことをあきらめた。
「……あなたが、このままわたしから去ってしまうような気がする。その前に、あの時のような楽しい思い出が欲しい」
ロゼリアは声もなく泣く。
ロゼリアがアンジュであることを終わりにすると決意しているのならば、ジルコンとお忍びデートしたアンは、永遠に存在しなくなる。
アンジュはロゼリアに自分の知らない女を見た。
二人が離れていたほんの数か月の間に、アンジュの身体が成長したように、ロゼリアは恋をし、傷つき、そしてアンジュがどんなに肌の手入れをしてもその肌にはなれないと思うぐらい、美しく成長していた。
アンジュは鏡の中に、こんなに悩ましく美しい娘を見たことがない。
ロゼリアがもう男に、アンジュになれそうにはないという意味をアンジュは理解した。
アンジュ王子としてではその恋は叶えられそうにないので、ロゼリアに戻ろうとしている。
なら、自分は?
世界に、二人のロゼリアはいらない。
入れ替わるタイミングは絶妙でなければならない。
アンジュとロゼリアがいれかわっても、一筆書きのように王子と姫の人生は連続していなけばならない。
「わかった。妹と一緒にいかせてもらう!それでわたしの夏スクールは終わりだ!」
涙をすすり上げ、ロゼリアは宣言する。
本来のロゼリアの声とは違う、低い声だった。
扉の向こうで身じろぎ怯んだ気配が伝わってくる。
ため息をついたような気配も。
「……わかった。アデールの王子がこの夏スクールで学ぶことがもうないというのならば、終わりにすればいい。では明日、気軽な格好で待ち合わせをしよう。ロゼリア姫にもそう伝えてほしい」
鋲を打った靴が床を踏む音が遠ざかっていく。
ロゼリアは目を閉じる。
アンジュには聞こえなくなってもずっとその音を追っていたのである。
ロゼリアは怯えたように肩を強く抱き、絶対に扉をあけてくれるな、と首を振る。
もちろんアンジュもサララも一ミリたりとも開けるつもりはない。
扉が強引に開かれる気配があれば体を張って押しとどめるつもりである。
「妹姫が来られてあなたの気持ちが晴れて、少しでも明るくなればいいと望んでいる。この前のことは愚かな行いをしてしまったと悔やんでいる。暴力の興奮にあおられてどうかしていたんだ。心からお詫びをする。傷ついて弱ったあなたになおも俺は追い打ちをかけるようなことをしてしまった。本当に心底申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ。アン、わかって欲しい。俺はあなたの妹と婚約している。あなたに惹かれる気持ちは隠しようがないけれど、こんな状態で先に進むことはできないんだ……」
息を潜めていたアンジュとサララは驚愕する。
ロゼリアを見れば、ロゼリアの目には既に涙で潤み、口元は悲しみに歪んでいた。
先程ロゼリアが説明したよりも、状況はよりもつれて深刻だった。
「明日はスクールも休みだ。せっかく、あなたの妹も来てくれているのだから、気分転換に劇場へ観劇にでもいかないか?それもお忍びで、王子や姫としてではなく、仲のよい友人として。ロゼリア姫も幼い頃はお転婆だった。彼女もよろこんでくれると思う。婚約しているとはいえ、幼い頃に一度交流があったこと以外はお互いのことが良くわかっていないところもある。あなたは、兄として、義兄として、間にはいってもらえないだろうか。婚姻がなされれば、あなたとは姻戚関係で結ばれることになるのだから」
ためらいがちに紡がれる言葉。
ジルコンは少し押し黙った。
アンジュもサララもロゼリアを見る。
ロゼリアは首を振り続けるだけである。
ジルコンはロゼリアからの返事を待つことをあきらめた。
「……あなたが、このままわたしから去ってしまうような気がする。その前に、あの時のような楽しい思い出が欲しい」
ロゼリアは声もなく泣く。
ロゼリアがアンジュであることを終わりにすると決意しているのならば、ジルコンとお忍びデートしたアンは、永遠に存在しなくなる。
アンジュはロゼリアに自分の知らない女を見た。
二人が離れていたほんの数か月の間に、アンジュの身体が成長したように、ロゼリアは恋をし、傷つき、そしてアンジュがどんなに肌の手入れをしてもその肌にはなれないと思うぐらい、美しく成長していた。
アンジュは鏡の中に、こんなに悩ましく美しい娘を見たことがない。
ロゼリアがもう男に、アンジュになれそうにはないという意味をアンジュは理解した。
アンジュ王子としてではその恋は叶えられそうにないので、ロゼリアに戻ろうとしている。
なら、自分は?
世界に、二人のロゼリアはいらない。
入れ替わるタイミングは絶妙でなければならない。
アンジュとロゼリアがいれかわっても、一筆書きのように王子と姫の人生は連続していなけばならない。
「わかった。妹と一緒にいかせてもらう!それでわたしの夏スクールは終わりだ!」
涙をすすり上げ、ロゼリアは宣言する。
本来のロゼリアの声とは違う、低い声だった。
扉の向こうで身じろぎ怯んだ気配が伝わってくる。
ため息をついたような気配も。
「……わかった。アデールの王子がこの夏スクールで学ぶことがもうないというのならば、終わりにすればいい。では明日、気軽な格好で待ち合わせをしよう。ロゼリア姫にもそう伝えてほしい」
鋲を打った靴が床を踏む音が遠ざかっていく。
ロゼリアは目を閉じる。
アンジュには聞こえなくなってもずっとその音を追っていたのである。